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「ボッティチェリ展」 [アート]

「ボッティチェリ展」
2016/1/16(土)~4/3(日)
東京都美術館

先の金曜日、ぽかりと時間が空いたので、
ふと思い立って行ってきた。
気がつけば、会期もあと1カ月を切っている。
危ないところだった。

《春(プリマヴェーラ)》や《ヴィーナスの誕生》で知られる
イタリア・ルネサンス期の巨匠、ボッティチェリの作品を
直接目にする機会は、それほど多くはない。というのは、
その大半が祭壇画や板に描かれた作品であるため、
現地に行かないと観られないものもあるからだ。
そのため、まとまった数の作品を展示する機会は稀なのだそうだ。
今回は20点以上のボッティチェリ作品とともに、
ボッティチェリの師フィリッポ・リッピ、
フィリッポの息子でありボッティチェリの弟子となった
フィリッピーノ・リッピの作品も展示されている。

第1章「ボッティチェリの時代のフィレンツェ」では、
同時代の関連作品をみることができる。
その多くは宗教画やメディチ家関連で、
良くも悪くもメディチ家の影響の大きさを感じられる。
そうした背景を踏まえて第2章からは
フィリッポ・リッピ、ボッティチェリ、フィリッピーノ・リッピ
それぞれ一人ずつに焦点があてられる。

3人の作品を続けて観ていくとやはり、
ボッティチェリの作品のクオリティが群を抜いていると思える。
今回の注目作品である《書物の聖母》はなかでも特に美しい。
穏やかな表情や衣服の質感、光の量や角度など細部に至るまで
きめ細やかに描きこまれ、その完成度の高さに目が離せなくなる。
時間のある限り観ていたいと思うほど、すばらしかった。

また、当時、その美しさで名を知られた女性の横顔を描いた
《美しきシモネッタの肖像》もすてき。
今にもしゃべりだしそうな唇、
遠くを見はるかすような瞳がとても魅力的だ。

さらには、人間味あふれる
《書斎の聖アウグスティヌス(聖アウグスティヌスに訪れた幻視)》、
十字架の形に切り取られた《磔刑のキリスト》といった
斬新な作品にも目を奪われる。

なかでも最も鮮烈だったのは、
晩年に描かれたとされる《アペレスの誹謗》。
登場人物をそれぞれ「誹謗」「不正」「真実」などの
意味をもつ存在として描く寓意的な作品だ。
光あふれる空間に、人物たちは表情豊かに生き生きと描かれる。
ダイナミックかつ躍動感があり、とてもすばらしかった。

ボッティチェリと師と弟子の作品は、思った以上にぜんぜん違う。
特に弟子のフィリッピーノの作風はどちらかといえば柔和な雰囲気で、
色も中間色が多い印象だ。
構図に関しても大胆さはなく、いささかおとなしい感じを受けた。

作品のなかには工房の名義になっているものもあり、
芸術に重きを置く当時の社会背景がうかがえる。
このころの芸術家はどちらかといえば職人的な存在だ。
工房制で弟子を取り教育も行うことから、小さな企業体といってよいだろう。
芸術家がインテリアや祭壇など生活全般の装飾を手がけるということは
つまり、芸術によって
暮らしまわりのソリューションを行うということだ。
ルネサンス期を代表する作品群を観るにつれ、
デザインの存在意義の根本にふれたような思いがした。

これまで観たことのなかった
貴重な作品が多く、たいへん見ごたえがあった。

東京都美術館の展示は最近さらに充実している。
今年の特別展は、
4月22日(金)~5月24日(火)「生誕300年記念 若冲展」
6月11日(土)~9月22日(木・祝)「ポンピドゥー・センター傑作展」
10月8日(土)~12月18日(日)「ゴッホとゴーギャン展」
と、必見の展示がつづく。
夜間開館を利用する機会はますます増えそうだ。


<東京都美術館ホームページ>
http://www.tobikan.jp/

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「マルモッタン・モネ美術館所蔵 モネ展」 [アート]


「マルモッタン・モネ美術館所蔵 モネ展」
9月19日(土)~12月13日(日)
東京都美術館

10月に観に行って記事を書かねばと思っていたのに、
あっという間に12月。会期が迫っている。
はじめに言っておきます。
興味がある方、ぜひ行ってください!
今までとは違うモネに出会えます。

今回はマルモッタン・モネ美術館から出展されるということで、
今まで見てきたモネとは違うだろうと期待していた。
モネといえば、「睡蓮」があまりにも有名で、
お隣の西洋美術館の常設でも鑑賞できる。
個人的なことをいえば、初めて海外旅行に行ったときに
予定外に訪れたパリのオランジュリー美術館の
最後の部屋で観た壁一面の睡蓮は忘れることができない。
特別に好きではないけれど鮮烈な印象のある画家の展示は、
やはり観ておきたいと思ったのだった。

今回の展示は、マルモッタン・モネ美術館に
所蔵された作品を中心に約90点展示する。
モネが自身のコレクションとして、
手元に置いておいた作品も少なくないという。
それは例えば、子供を描いた絵や旅行で訪れた土地の絵、
晩年に描いた絵など、代表作として名をはせている作品とは少し異なる。
また、ドラクロワやピサロ、シニャック、ロダンなどの作品もあり、
モネ自身の嗜好が大いに反映されている展示であるからこそ、
画家のパーソナリティにより近づくことができた。

なかでもたいへん興味深かったのは、
学生の時にアルバイトで描いたという風刺画である。
時の人をデフォルメして描いた絵は、
顔が異常に大きく、その反面、からだが針のように細いという
一風変わった作品群だが、ユーモアがあふれていて面白い。

また、旅先で描いた絵などは、そこに
家族と過ごした輝かしい思い出がうかがえるようで微笑ましくもあった。

晩年まで手放さなかったという作品群を見るにつれ、
これはモネにとって個人的なアルバムのような
存在なのではないかという思いにとらわれた。
それはたとえば、私たちが大切な人たちと訪れた
旅先の風景や印象深い出来事を映した写真を
いつまでも手元に置きたいという思いと同じなのではないか。
いわゆる商業的な作品ではなく、自身が楽しむための作品は
何よりも親密な色合いをまとっているようにも感じられる。

「印象派」はいまでは世界的に知られる
いちジャンルとして定着したが、
モネが描き始めたころは前衛的な作風としてとらえられただろう。
それを見出した人がいて、
いま私たちが鑑賞できることは何よりも幸せなことなのではないかと思う。

きれいなだけではなく、
アグレッシブなモネの作品に出会えるという点で
観る価値は充分にある。
モネを「睡蓮」の人として認識してしまうのは、
あまりにももったいない。
これほどまでに多彩な作品を生み出していたとは知らず、
思いのほか新鮮な展覧会だった。

<東京都美術館ホームページ>
http://www.tobikan.jp/index.html









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「エリック・サティとその時代展」 [アート]


「エリック・サティとその時代展」
7/8(水)~8/30(日)
Bunkamuraザ・ミュージアム


エリック・サティ(1866~1925)は
19世紀後半末から20世紀初頭に活躍した音楽家である。
芸術家たちが多く住んだモンマルトルで、
ピカソやピカビア、ブラック、マン・レイらと交流を深めるなか、
多くの作品を生み出した。

本展覧会は「第一章 モンマルトルでの第一歩」をはじめとする
5つの章で構成される。
サティと同時代に活躍した芸術家たちとの交流を通して
サティの姿を浮かび上がらせる。

サティは音楽家であるから、
自身の作品と呼べるのは手稿の類である。
サティの手による楽譜は思ったよりも見やすく、シンプルであるが、
ときおり雑に消した箇所や書きなおした痕跡などがあって、
思索のプロセスが見えるのが興味深い。
少しクセのある音符や文字も味わい深く、
それだけ眺めても面白いものだ。

また、サティにとって生涯唯一の恋愛相手であった
シュザンヌ・ヴァラドン(画家モーリス・ユトリロの母親)を
五線紙にスケッチした作品は、何ともいえずかわいらしかった。
サティが絵を描く意外さ、愛する人を描く純粋さ、
五線紙(をタテに使って)描くという生活感に親近感がわいてくる。

同時代に活躍したロートレックやピカソ、ピカビアらの
作品はもちろん見ごたえのあるものばかりだが、
サティ自身の手によるさりげない作品をひとつ観るほうが、
彼の核心により触れることができるように感じられる。

なかでもおもしろかったのは、
バレエ・リュス「パラード」の再演映像である。
個人的には、昨年の夏に行われた
魅惑のコスチューム:バレエ・リュス展」の続きとして観た。
(リンク先は当ブログ内の記事)

ディアギレフ率いるバレエ・リュスの舞台は、
衣裳と舞台芸術をピカソ、脚本をコクトー、
そして音楽をサティが手がけた贅沢なものだ。
いま観てもたいへん先鋭的で、
アイデアとユーモアがあふれている。
古典的なバレエから飛び出した
モダンでアクロバティックな動きは
先がまったく読めず、一瞬たりとも目を離せない。
時代の先端を走る芸術家たちが額を集めて、
お互いに切磋琢磨しながら作り上げた舞台のなんと濃厚なこと。
まさに、良き時代に生まれた傑作である。

サティの独特な音楽はいまでは多くの人に愛されているが、
発表当時はその不自然な音の運びに
違和感を覚える人も多かったのではないだろうか。
それが耳になじむうちに心地よさに変わり、いつしか
名作と呼ばれるようになっている。

サティの音楽が広く知られるようになったのは、
当時を代表する芸術家たちとの交流があったからこそだろう。
彼の身近に芸術を解し、奨励する人々が集っていたために
サティの音楽の価値が正しく評価され、
見いだされたのではないだろうか。
そう考えると、芸術が育つ環境はとても大切だ。
世に知られることがなければ、
それはないものと同じことになってしまうから。

<展覧会サイト>
http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/15_satie/

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「マグリット展」 [アート]

「マグリット展」
3月25日(水)~6月29日(月)
国立新美術館


イマジネーションがたいへん豊富で多作な人だ。
すなわち作品数が多い。
1988年に近代美術館で行われた展覧会以来、
関連の展覧会があればわりと観ているほうだと思っていたが、
それでもまだすべてを網羅できず、
観たことのない作品がその都度ある。
まるでいまだに作品を生み出し続けているかのようだ。

今回は、国内外から約130点を時系列に展示している。
画家の創作活動とその時代背景のかかわり、
さらには作風の変遷を見ることによって、
マグリットのイメージの源泉や思想を浮かび上がらせる。

まずは、画業に専念する以前の広告関連から。
初期作品として、ポスターや書籍の表紙など、
いわゆるグラフィックデザインの類が展示される。
マグリットの作品はどちらかといえば
ポップアート的な色合いの作品が多く
一見、大衆に受け入れられやすいものが多いが、
そうした作風のきっかけは、この時代にあったのかもしれない。

その後はシュルレアリスムとの出会い、反発、
印象派へのアプローチなど、時代が移り変わるとともに
その都度なんらかのきっかけにより、作風が変わっている。
なかでも最も顕著なのが、第4章:戦時と戦後(1939~1950)。
作品が“暗い”と批判されたことに反発するように、
やけに明るい色合いの開放的な作品が並ぶ。
マグリットのもっともポピュラーな作品は、
この時代のものが多いのではないだろうか。

マグリットの作品につねにつきまとうのは“疑問”である。
何を意図して描いたのか一度観ただけでは分からないものばかりだ。
画家はおそらく、観る者に思考することを要求しているのだろう。
芸術作品とは美しさを提示するために存在するのではなく、
作家と観る者との対話を促すためのものであるべきだという
サジェスチョンが込められているかのように思える。

田園風景の中央に置かれたキャンヴァスには、
そのキャンヴァスがさえぎっているはずの風景が描かれている。
遠目で観れば、そこにキャンヴァスがあるとは
気づかないほどのリアリティをもって。
しかし、その後ろに同じ風景が展開しているとは限らない。
なぜここに、キャンヴァスがあるのだろう。
それがさえぎっているものは何だろうと考えずにはいられない。

マグリットは大変なテクニシャンである。
色や構成のバランスは見事というしかなく、
画力の確かさは言うまでもない。
巧みさゆえの説得力と迫力に満ちている。
手ぬかりなく語りかけてくる作品を観るうち、
画家の熱量に圧倒されてしまう。

今回の注目作品は、
帽子をかぶった紳士が大勢宙に浮いている《ゴルコンダ》。
ほか、《大家族》《白紙委任状》といった代表作群も
ダイナミックでたいへんすばらしい。
個人的には、《自由の入口で》と題された大作が気に入った。
いずれも濃厚で点数も多いので、
すべてをじっくり観るには、思いのほか時間がかかる。
これから観る人には、時間に余裕をもって行くことをおすすめしたい。


<展覧会オフィシャルサイト>
http://magritte2015.jp/

「ルーヴル美術館展」 [アート]

「ルーヴル美術館展」
日常を描く―風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄

2015年2月21日(土)~6月1日(月)
国立新美術館

今回の展覧会はルーヴルの名がつくものとしては
比較的小規模で、16世紀から19世紀のヨーロッパの作品を
約80点、展示している。
テーマは風俗画、いわゆる日常の生活風景を映す作品群だ。
フェルメールの《天文学者》が注目されているが、
それ以外は、特に名のある作品はほとんどない。

風俗画とカテゴライズされるのは、たとえば
商売をしている様子や街角の様子、
あるいは食事や休息の風景、狩りの風景などである。
主に市井の人々が営む普通の暮らしであり、
現代の私たちの日常に通じるところもあり、親しみやすい。
ヴァラエティ豊かな題材も魅力的だ。
全体を通してみると、
作中に登場する人物たちのリアルな姿や表情が目を惹く。

「すでに、古代において……」と題して
風俗画の起源をひも解くプロローグから始まり、
「労働と日々」「日常生活の寓意」「雅なる風景」
「日常生活における自然」「室内の女性」
「アトリエの芸術家」の6章にわたり、展開される。

「労働と日々」では、
さまざまな仕事を営む人物が描かれる。
なかでも興味深かったのは、《抜歯屋》と題する作品。
街かどで抜歯を行う職業の人がいて、
まさにそこで歯を抜いている。
抜かれている人、それをみている人の表情がひじょうにリアルだ。
さらには、みている人の財布を抜き取ろうとする人もいたり、
一枚の絵にいくつものドラマが展開されていて、
中世の暮らしぶりが垣間見える。

「日常生活の寓意」に分類される
フェルメールの《天文学者》は、ひっそりとした作品だが、
どこまでも繊細で、その描き込みに惹きこまれる。
人物よりも書物や天球儀、簡素な室内の様子なども
まるでフィルムに焼き付けたかのようにリアルに映し出される。

そのほか、悪辣な表情を見せる《徴税吏たち》、
ムリーリョの《物乞いの少年(蚤をとる少年)》、
《旅籠屋で休息する兵士たち》、《鹿狩り》、
レンブラントの《聖家族》、または《指物師の家族》などが印象に残った。

最後に置かれた「アトリエの芸術家」コーナーが興味深い。
自画像と思しき画家自身を描いたものもあれば、
猿を擬人化して描いた作品も2点あった。
模倣をする画家を揶揄して描いたものとされるが、
こうしたシニカルな作品には、画家の人間性が
よりあらわれているようで共感を覚える。

街の様子や服装、生活道具までことこまかに描かれ、
作品の生まれた時代背景や登場人物の社会的立場、
経済状況までも、みてとることができる。
さらには、人々のそばに犬が描かれている作品がことのほか多く、
いつの時代も犬が人間と生活を共にしていることが
分かり、うれしくなった。


ここ数年、都内の主要な美術館が
金曜日20時まで開館するようになり、大変ありがたい。
特に予定がなければ美術館に行くという選択肢が加わり、
時間の有効活用ができるようにも思う。
金曜日の芸術活動もなかなか楽しいものです。


<ルーヴル美術館展オフィシャルサイト>
http://www.ntv.co.jp/louvre2015/


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ウォーホル×のど飴 [アート]

味覚糖から、オモシロイものが出ています。

アンディ・ウォーホルの
アート缶のど飴。

全30種類というので、
近所のコンビニを探しまわり、
ようやく見つけたこの二つ。
IMG_1810.JPG


ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの
バナナがほしかったんだが……

中身はこんな、タブレット。
味はグレープとか、ミントとか。
IMG_1812.JPG

これぞまさしく、パブリック・アート。
芸術は大衆のもの、という岡本太郎の思想そのものである。

<味覚糖ホームページ>
http://mikakuto-nodoame.jp/

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「魅惑のコスチューム:バレエ・リュス展」 [アート]


「魅惑のコスチューム:バレエ・リュス展」
6月18日(水)~9月1日(月)
国立新美術館

バレエ、衣裳、音楽、美術。
どれもが好みで、それらが一堂に会する展覧会というので、
これはぜひ行かねばと思っていた。
バレエ・リュスについてはあまり知らなかったのだけれど、
夏休みに特に予定がなかったので、ふらりと足を運んでみた。


バレエ・リュスとは、
1909年から29年という短い期間に活動した
ディアギレフ主宰のバレエ・カンパニー。
「ロシア・バレエ」という名でありながら
革新的なプログラムを手がけたことにより、また
当時の芸術家たちが活躍した場としても注目された。
衣裳、音楽、プログラムなど、そのすべてを
完成された芸術として見ることができる。
舞台芸術を超越して、総合芸術をなしえた
団体といえるのではないだろうか。

展示の中心は、
舞台で実際に使用されたきらびやかな衣裳の数々。
現在、バレエの演目でみられるチュチュの類とはまるで違い、
見るからに重そうな、布をふんだんに使った衣裳がずらりと並ぶ。

伝説のダンサーといわれるワツラフ・ニジンスキーらが
身にまとった衣裳は、刺繍やプリントが大胆に配され、
その一つひとつがいちいち完成度が高い。
現代の街で見かけたら、おしゃれ!と思えるような
斬新なデザインとポップな配色に目を惹かれる。
ダンサーとしては踊りにくかっただろうが、
着るだけなら相当に楽しかったのではないかと思えてくる。

中にはマティスやキリコなど、
同時代に活躍した芸術家がデザインを手がけた衣裳もある。
みれば、いかにもという感じだ。
キリコの衣裳はまるでギリシア彫刻を施した建物のようで、
絵画も衣裳も表現する場であることにおいて
共通しているのだということを感じさせられた。

また、展示品としては地味でありながらも、
公式プログラムやポスターも相当に見ごたえがある。
ジャン・コクトーが手がけたという公演ポスター。
ピカソが表紙のデザインを手がけた公式プログラム。
これほどに美しい刷りものが
現在まできちんと残されていることに感謝せざるを得ない。
濃やかな装飾が施されていて、みるほどに美しい。

活動期間は少ないながらも、
前衛的で濃密でありつづけた。
これぞ、芸術のあるべき姿といってもいいのではないだろうか。
バレエ好きなら必見。
20世紀初頭の芸術が好きな人にもおすすめしたい。



<展覧会オフィシャルサイト>
http://www.tbs.co.jp/balletsrusses2014/


ビジュアル版バレエ・ヒストリー バレエ誕生からバレエ・リュスまで

ビジュアル版バレエ・ヒストリー バレエ誕生からバレエ・リュスまで

  • 作者: 芳賀 直子
  • 出版社/メーカー: 世界文化社
  • 発売日: 2014/06/17
  • メディア: 単行本



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「ボストン美術館 華麗なるジャポニスム展」 [アート]

「ボストン美術館 華麗なるジャポニスム展」
2014年6月28日(土)~9月15日(月・祝)
世田谷美術館

暑いさなか、汗だくになってチャリをこぎこぎ向かうと、
世田谷美術館はいつにない混み具合。
何事、と思い調べてみると、
前日に日曜美術館で紹介されたとのことだった。
メディアの力は侮れない。


19世紀後半から20世紀初頭に西洋で流行した日本美術は、
印象派を中心とする芸術家たちに大きな影響を与え、
ジャポニスムという現象を生み出した。
今回の展示では、クロード・モネの《ラ・ジャポネーズ》をはじめ、
ボストン美術館の所蔵品から約150点を紹介する。

広重や北斎、歌麿などの浮世絵と
印象派のモネ、ゴッホやロートレックらの作品を
並べて展示し、その影響の大きさをひもとく。
類似性についてはもはや常識と化していて
特に目新しさはないが、個々の作品の面白さに目を奪われる。

個人的には、今まであまり観る機会のなかった
日本の作品のほうが興味深かった。
歌川広重の「名所江戸百景」にみる構図の妙、
葛飾北斎の「富嶽百景」の圧倒的な迫力。
それらは、日本が世界に誇るべき芸術作品だ。
印象派の巨匠たちが採り入れようとしても、
そこには大きな隔たりがある。
富士山をめでる日本人の魂、
波涛の移ろうさまに目を奪われる美意識はやはり、
日本という土地が持つ特色に基づくものがあり、
そこまでは模倣できるものではない。
ジャポニスムの作品群を観たところ、
軍配は日本の作品のほうにあると感じられた。

しかし、中には面白い作品もある。
今回の注目作品とされている
モネの《ラ・ジャポネーズ》はさすがだ。
まず、妻のカミーユを等身大で描くという発想、
そして物語性をはらむ着物を着せるという大胆さに驚かされる。
チャーミングであるとともに、エキゾチシズムを感じさせ、
思わずじっくり見入った。
ムンクやアンソールなども展示されていて、
ジャポニスムの解釈もなかなかに広いものだ。

私たちが西洋美術にあこがれるように、
西洋の芸術家たちは、日本の美術に
それまで観たことのない個性を見いだし、
自分たちの芸術活動に取り入れた。
それこそまさに文化の交流。
アートとはコミュニケーションなりということを
あらためて感じられた。


<展覧会オフィシャルサイト>
http://www.boston-japonisme.jp/
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「茨木のり子展」 [アート]


「茨木のり子展」
4月19日(土)~6月29日(日)
世田谷文学館


茨木のり子の名前を知ったのは彼女が亡くなってからで、
没後に出版された『歳月』のレビューを書く仕事が、
彼女を知るきっかけとなった。

『歳月』は、1975年に亡くなった夫、安信に向けて
書いた詩や草稿を、茨木の甥が詩集として刊行したもの。
そのとき初めてふれた彼女の言葉は
いずれも鮮烈で、美しく力強く、いつまでも心に残った。

……と思っていたのだが、
じつのところは初めてではなかったかもしれない。
というのは、妹に茨木のり子の話をしたところ、中学校の美術の先生が
彼女が好きで、作品を紹介してくれたことがあったという。
私も同じ先生に教わっていたので、
どこかの機会でふれたことがあるはずだ、というのだ。
ところが私、恥ずかしながらまったく記憶がない……。

いずれにしろ、私にとっては初めて知ることの多い展覧会だった。
今回は、詩の草稿や創作ノート、
「櫂」同人をはじめとする詩人たちとの書簡、日記やレシピなど
貴重な資料の数々を紹介して茨木の詩作世界をひもとくとともに、
カメラやアクセサリー、めがねや筆記具など愛用の品々も展示し、
そのていねいな暮らしぶりもあわせて紹介する。

「わたしが一番きれいだったとき」
「自分の感受性くらい」「倚りかからず」をはじめとする
詩の生原稿はもちろん、詩人仲間の
谷川俊太郎や川崎洋らとの書簡や日常的なメモにいたるまで、
“書きもの”は思いのほか多く残されている。
そうした些細なものであっても
ラフな筆致ではあるが、まめに書きつづられていて、
日常をていねいに暮らしながら、自分にしか書けない言葉を
模索していた詩人の人柄が存分にうかがえた。

なかでも興味深かったのは、
日記に書きつづられたある日の出来事。
玉子焼きを作るために玉子をかき混ぜているとき、
「小さな渦巻き」のモチーフがふいに立ち現われたと書かれている。
なるほど、彼女は日常の暮らしの中から
創作のきっかけをつかんでいたのだ。
また、夫への小遣いも含め、購入したものをきちんと書きこんでいる
家計簿もまた、意外な一面をみるようで楽しい。
そうした生活の一場面、詩人たちとの交流、韓国語への関心などを
みるほどに、茨木のり子という人物への興味はさらに高まり、
どんどん惹かれていく。

最後のコーナーでは、没後に刊行された『歳月』に収められた
最愛の夫・安信への思いを込めて書かれた詩や草稿を展示する。
白いクロスで覆われた一角は、まるで侵しがたい聖地のよう。
純粋でまっすぐな夫への愛があふれる
ラブレターのような作品群がひっそりと置かれている。
読むほどに茨木の言葉がものすごい勢いで流れ込んできて、
胸がいっぱいになってしまった。


茨木の最大の魅力は、揺るぎない精神とたおやかさ。
どの言葉もまったく古びない。
それどころかますます鮮烈になり、
私たちの前に道を指し示してくれているようだ。
行き先を見失いそうになったとき、
迷いを断ち切れないとき、
わたしはおそらくこれから何度も、
茨木のり子の作品を読み返すことになるだろう。

<世田谷文学館ホームページ>
http://www.setabun.or.jp/index.html


永遠の詩02 茨木のり子

永遠の詩02 茨木のり子

  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2009/11/30
  • メディア: Kindle版



茨木のり子の家

茨木のり子の家

  • 作者: 茨木 のり子
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2010/11/26
  • メディア: 単行本



清冽―詩人茨木のり子の肖像

清冽―詩人茨木のり子の肖像

  • 作者: 後藤 正治
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2010/11
  • メディア: 単行本



歳月

歳月

  • 作者: 茨木 のり子
  • 出版社/メーカー: 花神社
  • 発売日: 2007/02
  • メディア: 単行本



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「アール・ブリュット☆アート☆日本」 [アート]


「アール・ブリュット☆アート☆日本」
3月1日(土)~3月23日(日)
ボーダレス・アートミュージアムNO-MA
+近江八幡市内近郊7会場


noma.jpg
先日、ふと思い立って近江八幡に行ってきた。
ずいぶん前からヴォーリズの建築群をみたいと思っていたし、
時代劇(鬼平犯科帳、剣客商売など)に
よく登場する水郷も訪れてみたかった。

そんな折、近江八幡でアール・ブリュットのイベントが
行われることを知り、ナイスタイミング!とばかりに足を運んだ。

アール・ブリュットに興味を持ったのは、
昨年、世田谷美術館で行われた
「アンリ・ルソーから始まる素朴派とアウトサイダーズの世界」
がきっかけだった。
専門的な芸術教育を受けていない人、あるいは
障害を持つ人による作品を、
アール・ブリュット(生の芸術)もしくはアウトサイダー・アートと呼ぶ。
昨年、何度かアール・ブリュット関連の展覧会を観て、
これまで観てきた芸術作品とは違うものを感じた。
何が違うかはうまく言葉にできないのだが、
美しさの追求やメッセージ性とは違うところでの
創作にかける熱っぽさが伝わってくるようで、惹きこまれてしまったのだ。


このイベントでは、
「ボーダレス・アートミュージアムNO-MA」を拠点として、
近江八幡近郊にある古民家や美術館など7会場で
35作家の500作品超の展示が行われた。

アール・ブリュットは大変幅広く、
その作風もじつに多様である。
粘土の立体作品、毛糸を紙に通して描いたダイナミックな絵、
写真の連作、壮大なスケールの細密画など、技法はさまざま。
そして、そのすべてが新鮮な驚きに満ちている。
特別展示として、
日比野克彦さんの段ボールアート、
昨年のベネチア・ビエンナーレに出品した
澤田真一さんの立体なども出展されていた。

数多くの作品を観て回った中でも、
魲万里絵さんの作品は圧巻。
濃淡のはっきりした色づかいで隅々まで力強く描き込まれていて、
繊細でありながら、
作品全体から放たれるエネルギーに圧倒される。
モラル的にふれてはいけないものから目をそらすことができず、
どうしても描かずにはいられないという強い衝動が伝わる。
その熱は画面全体を覆い、観る者にも直視することを要求するかのようだ。

アール・ブリュットの作品群を観ていると、
緻密に描き込まれた作品が多いが、
作家たちは、そうしたプロセスを通して自身の心を見つめたり、
世界との関係性を探ったりしているのではないだろうか。
何を描くかより、
思うまま、感じるままに手を動かす行為にこそ意味があり、
その結果としての作品を完成させることで
何かを得ているのではないかと感じた。

かわいらしく見える絵であっても、
じっくり観ていくと、生の感情がふと表れていて
グロテスクな部分があったりする。
どちらかといえば、人物をはっきり登場させる作品は
少ないように思っていたが、
台湾の作家の作品群では人物をメインに描いたものがあり、
そうした違いもまた興味深かった。

そのほか印象に残った作家は、
松本寛庸さん、富塚純光さん、今村花子さん……
多すぎて書ききれない。

街の雰囲気を楽しみながら近隣の会場を回る仕掛け、
それぞれの建物のたたずまい、展示の見せ方に工夫が凝らされていた。
また、自宅に迎え入れるようなスタッフの方々の
温かい対応も心地よく、
ゆったりした気持ちで楽しむことができた。

会場に関していえば、「まちや倶楽部」がとても印象的だった。
1717年創業の旧造り酒屋の建物を利用した広々とした空間に、
ゆったりと作品が展示されていて、独特の空気が満ちていた。
立派な梁や酒造りの道具などが残された建物自体も
ふだんは公開していないとのことなので、貴重な機会となった。

今回のイベントに参加するうち、
アール・ブリュットに興味を持つ
きっかけが、相当昔にさかのぼることに思い当たった。
小学生の時、同じクラスに障害をもつ男の子がいた。
彼はいつもニコニコ笑っていて、優しくて、
そして粘土遊びが驚くほど上手だった。
彼が大好きな恐竜や動物の造形を、
鮮やかにかつ濃やかに再現して見せてくれた。
そのたび、私たちは歓声を上げたものだった。
何十年も昔のことですっかり忘れていたのだけれど、
記憶の底から突如として浮かび上がって来たことに驚いた。


アール・ブリュットの作品群は、
観れば観るほど関心が高まる。
作家についても、さらに知りたくなる。
おそらく、これからしばらくは
注目していくことになるのではないかと思う。



<ボーダレス・アートミュージアムNO-MA>
http://www.no-ma.jp/


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