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栗原由子さん 日本画展 [アート]

栗原由子 日本画展
―わたしの四季―

竹ノ塚の駅を降りて、ザ・下町といった親し気な雰囲気を醸す商店街を抜け、
住宅街の方面へと向かうと、ひっそりとした日本家屋にたどり着いた。
端正にととのえられた庭園を擁する「昭和の家」は、
昭和14年に建てられた民家であり、国の登録文化財に指定されている。
年月を経ていても隅々に至るまで手入れがされていて古びた感じがなく、
ゆったりとした時間が流れている。
町の喧騒から離れた空間に足を踏み入れると、
栗原由子さんの作品群が温かく出迎えてくれた。

「わたしの四季」と名付けられた作品群は、
例えば山を描くダイナミックなものから庭園に置かれた石に至るまで、
植物や石など自然に材をとっている。
一見して、その色数の多さとスケール感、そして緻密な筆の運びに驚かされる。
栗原さんの作品は主に野菜や樹木など自然をテーマにしたものが多い。
そうした自然の織りなす造形に惹かれるのだそうだ。
また、場所からヒントを得ることもあるのだという。
今回の個展の開催が決まってから描いた作品は、
庭を題材にしたとのこと。
庭は手入れが行き届いていて、それだけで完成された空間であるから、
そのものを描くのではなく、例えば石や松の木など、
視点を変えて一部に注目したのだそう。
そうして完成したのが
今回のメイン作品《Petrichor–ペトリコール–》をはじめとする作品群である。
 
 
山の遠景を描いた作品はそのスケール感がすばらしい。
以前、別の会場で見たときには大作という印象が強かったが、
日本家屋の床の間に置かれると、場にピタリとはまっていて、
その色彩がまわりの環境にしっくりなじむ。
そうして、じっくり見るうちに細部が際立ってくるように感じる。
作品の魅力のみでなく、環境も含めての見方を提示される。
すなわち、絵はどこかに置かれて人に見られて初めて完結するものであり、
所有者や見る人の心理状況や背景によって変化するものではないかという思いがする。

今回の個展で初めて栗原さんの作品を観た人は、
元からその場所にあったものと思うかもしれない。
それほど、日本家屋という背景にごく自然にはまっていた。
床の間や調度も、絵を引き立てる額縁であるかのよう。
別の場所で彼女の作品群を観たことのある私には、
作品自身が飾られる場所を選んだかのように感じられた。

野菜や魚など、身近なものに材を取り、独特の色彩で描き切る。
そうした作品は、遠目で見ても、その魅力すべてにふれることはできないだろう。
というのは、栗原さんの絵の特徴は、緻密に描きこまれたディテイルにあるからだ。
なぜ、山や野菜などがこれほど鮮やかな色彩になるのか、と尋ねてみると、
こういう色に見えるのだと語ってくれた。
色とりどりの絵の具を隙間なく塗り込めた作品を観るにつれ、
しだいに確固とした世界が浮かびあがってくる。
それは例えば野菜やくだもののもつ生命力や、自然が織りなす表情豊かな風景だ。
そうしたものたちを見つめる栗原さんの視線は鋭く、そして優しい。
創作の対象となるものたちへの愛情が画面全体に感じられる。
その美しさをどう表現するか、自分の目に見えるものをどう伝えるか、
おそらく日々、心を砕くのだろう。そうして生まれた作品群を見て、
そのものたちの美しさに初めて気づき、感嘆する。
創作であると同時に、自然の美しさを再発見するきっかけを与えてくれる。
そんな魅力あふれる栗原由子さんの創作の源泉に迫る思いがした。

2年に一度のペースで開く個展に向けて、30点ほどの新作を制作するという。
制作期間の前半は主にスケッチに力を注ぎ、
そこから作品に仕上げるものを選ぶのだそうだ。
毎日描いても追いつかないほど題材はあふれているという。
日常的な制作を通じて、着実に作品を積み上げていきたいと語る栗原さんは、
その視線の先に何を見つめているのか。
これからも生み出され続ける作品をワクワクしながら待っていたい。
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<栗原由子さんホームページ>
http://yuko-kurihara.com/


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連休文化活動 [アート]

「横尾忠則 HANGA JUNGLE」
2017/4/22(土)〜6/18(日)
町田市立国際版画美術館


20代のころ6年ほど町田に住んだことがあって、
当時はぽっかり時間が空くと、
ピクニックがてらこの美術館によく行った。
広々とした公園の中というロケーション、
駅から歩いて行けるアクセスの良さもあり、比較的訪れやすい場所だ。
さらには版画に特化した美術館という珍しさもあり、
郊外の美術館にしては来館者が多いのではないだろうか。

今回の展示は、多種多様な約250点の「HANGA」を通して
横尾忠則の創作活動の全貌に迫る。

わたしが横尾忠則の作品を意識してみるようになったきっかけは、
20代のころよく観に行った唐十郎の芝居だ。
もともと60年代のカルチャーが好きだったところに、
先輩に誘われて観に行った赤テントの芝居が
衝撃的に面白くて、その後も何度か訪れた。
その唐十郎の芝居のポスターなどを手がけていたのが横尾忠則だったのだ。
当時すでに有名なアーティストで、その活動を追うと、
思いもかけない方向へ導かれていくような怪しさにグッと興味をひかれた。
さらには文章も魅力的で、横尾の多才さを敬愛してやまない。

さて、横尾の作品といえば代表的なものはやはり芝居のポスターなどで、
ヴィヴィッドな色合いで目を引くものが多い。
その多くはシルクスクリーンだが、
木版やリトグラフもあり、それぞれの特色に合わせて
モチーフを選んでいる点が興味深い。
たとえば、東海道五十三次に材を取った作品には
木版を使い、やわらかな味わいを醸し出している。

グラフィックデザイナーとして活躍した後、
1982年に「画家宣言」をするが、それでもなお
自身の作家活動と並行してコマーシャルアートも多く手がけた。
元々、グラフィック出身ということもあり、
構成、色使いともひじょうに巧みである。
コマーシャルアートの場においても、その枠のなかで
ファインアートを実践する試みを全身で楽しんでいる印象を受ける。
制限があるなかで表現の可能性を試すといったたくらみに満ちていて、
どの作品も、独自の世界観がちりばめられている。
加えていえば、40年以上前の作品もまったく色あせることなく、
現代のアートといってもなんら違和感のないことに驚いてしまう。

作品群に一貫するのは、実験的なスタイルだ。
横尾の芸術に対する姿勢のぶれなさに感嘆した。

<町田市立国際版画美術館ホームページ>
http://hanga-museum.jp/


………………………

そして、町田に行った理由はもう一つあった。


「本の雑誌 厄よけ展」
2017/4/22(土)~6/25(日)
町田市民文学館ことばらんど
※観覧無料

1976年の創刊から42年を迎えた
『本の雑誌』の軌跡を振り返る初めての大回顧展である。
個人的なことをいえば、
『本の雑誌』、そして椎名誠との出会いが
編集とライティングの仕事を選ぶきっかけとなった。
そんなこともあり、今回の展示は自身の原点にかえる意味もあって
ひじょうに興味深かった。
初期から最新号までずらりと並ぶ表紙を見て、
「この号、よく覚えてる!」と思ったり、その変遷にしみじみしたり。
また『本の雑誌』の前身である手書きの同人誌などは
本当によくできていて、しかもどれも
作り手が楽しんでいることが伝わってきて、
紙媒体の魅力をあらためて知ることとなった。
さらには、先ごろ若くして亡くなった吉野朔美さんの
原画の展示を観て、吉野さんに教わったことの多さをかみしめる。

『本の雑誌』で紹介された本や執筆していた方々の存在、
本誌を通して得た出版活動全般にかかわる情報などが
今の自分の中心をつくってくれたのだと思う。

今回の展示に際して歴代の執筆者から寄せられたコメントもまた、
さまざまな思いが込められていて見ごたえがあった。

最近はあまりじっくり読む時間が取れなくなってしまったが、
なくなったら大変困るので、今後も
地道に読み続けていこうと思っている。

<本の雑誌ホームページ>
http://www.webdoku.jp/

<町田市ホームページ>
https://www.city.machida.tokyo.jp/


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「草間彌生 わが永遠の魂」 [アート]


「草間彌生 わが永遠の魂」
2017/2/22(水)~5/22(月)
国立新美術館


ここ数年は、アウトサイダーアートに関心があって、
2014年には近江八幡で行われた「アール・ブリュット☆アート☆日本」
にも訪れたのだった。

なぜアウトサイダーアートもしくはアール・ブリュットに
興味を持ったのかは、長くなるので過去のエントリを参照していただきたい。
草間彌生に関しても、アウトサイダーアートの人というイメージがあったのだが、
今回の展示を観て、そのイメージは凌駕された。
精神のバランスをとるために描いただけとは思えない。
彼女自身、確信をもって自身の作品をアートと認識している。

今回は、草間彌生の芸術活動全般を余すところなく伝える充実の展示だ。
前衛芸術家という言葉ではくくり切れない彼女の創作の魅力にふれることができた。

会場を入るといきなり、彌生ワールドが広がる。
2009年から取り組んでいるという大型絵画シリーズ「わが永遠の魂」が
隙間なく展示されためくるめく空間。
作品群はひとつとして同じものがなく、多様性に驚く。と同時に、
ものすごい熱量に圧倒されてしまう。
ほとばしる創作意欲を止められない。
そんな切実な思いがダイレクトに伝わって、なぜかしら泣きたくなるのだ。
無数の目、人の横顔といったモチーフの洪水に酔う。
少し離れてみれば、それが感情に任せて描いたものではなく、
細かに計算を尽くして描かれたものだということが分かる。
補色を意識したインパクトのある作品、
柔らかな色合いでやさしく寄り添う作品などをみるにつけ、
彼女の心にじかに触れたように感じた。
人のために描く作品ではなく、自分のために描く作品は
閉じているようにみえるが、そうした作品こそが
人の心に届き、共感を得るものだ。

個人的には、初期作品が特に心に残った。
デッサン力、色の選び方、構成力、
どれをとってもすばらしく練れていて
完成度が非常に高い。
加えて、模索している心情を如実に映していて、とても愛しい。

また、ニューヨーク時代に描かれたという
キャンバス全体に点を打った作品群も興味深かった。
一見、ただ点を描いただけに見えるが、ずっと観ていると
そのうねりが見えてきて、感情の動きのように思えてくる。

現代アートといえばわかりづらいといって敬遠する向きもあると思うが、
感情の発露としてみれば、非常に自然なものだ。
前衛芸術を追求すればするほど、
巡り巡って原始に還るのではないかと感じた。
ポップな見た目と相反して、揺れ動く心情を映す。
そうした草間彌生の画業を見るにつけ、
人は何のために生きるのか、という問いに還る。
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六本木の夜に怪しく光る巨大かぼちゃ

<展覧会ホームページ>
http://kusama2017.jp/




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「ダリ展」 [アート]


「ダリ展」
2016/9/14(水)~12/12(月)
国立新美術館


大きな仕事がひと段落したので、
ちょっと一息ついている。
とはいえ、次の仕事が(すでに)スタートしているので
まとまった休みなどとれない。
ゆえに、小休止。
いまのうちにできることをしようと思って、
まず思いついたのは、美術館めぐりだ。


さっそく足を向けたのは日本橋高島屋で開催されている
「日本美術と高島屋」10/12(水)~10/24(月)
横山大観、富岡鉄斎、前田青邨など
高島屋と交流のあった日本画家たちの作品がずらりと並ぶ。
所蔵作品から約60点を展示しているが、これほど見事な
コレクションを所蔵しているとは知らなかった。
「豊田家・飯田家 寄贈品展」も同時開催されている。
どちらも入場無料! お時間ありましたら、ぜひ。

<高島屋ホームページ>
http://www.takashimaya.co.jp/


そしてお次は、「ダリ展」だ。
ダリは開催されるごとに観ているし、
フィゲラスのダリ美術館も、
マドリッドの国立ソフィア王妃芸術センターも、
パリはモンマルトルのダリ美術館も行ったので、すでにあらかた
観てしまったのではないかと思っていたのだが、
恐ろしく多作の作家であるため、まだ全然網羅できていないのであった。
すべてを見つくすことなんておそらくできないだろう。
初見の作品は、思った以上にあったのだった。

今回の展示は、油彩をはじめドローイング、オブジェ、ジュエリー、
書籍、映像などを含め約250点という充実ぶりだ。
初期作品から始まり、モダニズムの探求、シュルレアリスム時代、
ミューズとしてのガラ、アメリカへの亡命……と、ほぼ時系列に展示される。
一つひとつの作品の濃度が高いため、途中で少々見飽きるが、
ダリの全貌を知るという意味では、よくできている。

初期作品は、ほぼ10代で描いたもの。
ダリが暮らしたカダケスの風景や祖母の肖像など身近なものに
材を取っていて、その技術の確かさには目を見張る。
とても10代の若者の手によるとは思えない完成度なのだ。
若い時分からこれだけ描ければ、そりゃ楽しいだろう。
また、順を追って観ていくにつれ、
キュビスム風、ピュリスム風、古典主義など
当時の美術界の動きに応じた作品が登場する。
そうしてあらゆる作風を模倣しつつ自身の世界を確立していくのだが、
どれを観てもある程度こなしているところがすごい。
豊かな発想が評価される作家ではあるが、その根本には
どんな作品も描くことができる技術の高さがあることがよくわかる。
逆に言えば、どんな作品でも描けるからこそ、
独特な作品世界を展開することができたのだ。

なかでも衝撃的だったのは、
《幻想的風景 暁(ヘレナ・ルビンスタインのための壁面装飾)》
《幻想的風景 英雄的正午(ヘレナ・ルビンスタインのための壁面装飾)》
《幻想的風景 夕べ(ヘレナ・ルビンスタインのための壁面装飾)》
の3部作。
壁一面を占める大迫力サイズで、ダリの世界がさく裂する。
飛ぶ鳥と人物のダブルイメージ、空のグラデーションが本当にすばらしい。
深遠なるダリのインナーワールドを旅するみたいだ。

また、《ポルト・リガトの聖母》はバリエーションが何作かあり、
今まで何度か観ているはずだが、
ガラへの深い慈愛が豊かに表現されていて、いつ観ても感動する。

さらには、映像作品《デスティーノ》では
ダリの作品に登場するモチーフたちが躍動していて、たいへん面白かった。

観るところが多すぎて、とても言葉につくせない。
会期はまだ始まったばかりなので、
気になる方はお時間のあるときにお出かけください。
ダリのめくるめく世界を旅すれば、
ストレスも解消!できるかもしれません。


<ダリ展 オフィシャルサイト>
http://salvador-dali.jp/

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ポンピドゥー・センター傑作展 [アート]


ポンピドゥー・センター傑作展
2016年6/11(土)~9/22(木・祝)
東京都美術館

ポンピドゥー・センターは、
パリの中心部に堂々とそびえたつ国立の文化施設。
その核をなすのが、国立近代美術館である。
20世紀初頭から現代までの作品11万点を所蔵する巨大な施設だ。
思えばパリには2回行ったが、ポンピドゥー・センターは
前を通りすがっただけで中に入らなかった。
観るものが多すぎたので、次回以降に回したのだと思うが、
あれから約20年もたってしまった。

今回の展示はたいへん斬新な試みで、
1906年から1977年までのタイムラインに沿って、
1年1作家1作品という選び方で時系列に展示されている。
よって、順番に見ていくことで
20世紀フランスの芸術史をたどることができるというわけだ。
作品数は限られているものの、当然ながら
今まで知ることのなかった作家が多く、
バリエーションに富んでいて観飽きない。

そのなかでも華やかな時代というのはやはりあって、
20世紀初頭のフォーヴィズムやキュビズムが台頭したころの
作品群は、群を抜いて印象が強い。
ラインナップを観れば、ブラック、デュシャン、シャガール、
マン・レイ、コルビュジエ(祝・世界遺産決定!)など錚々たるメンバーだ。
またその後に登場するピカソ、カンディンスキー、マティス、
ジャコメッティ(じつは大好きだ)も必見である。

1年ごとにひとつの作品を展示するということは、
その年を象徴する作品が選ばれるということで、
なぜその作品なのかを紐解くと、社会背景や
作風の流行などがうっすらと浮かび上がってくるように感じられる。

年を追って均一に並べられたなかに、一カ所だけ
ぽっかり穴の開いた空間があった。
現代史においてとても意味深い1945年の展示は……。
気になる方は、ぜひご自身で確かめていただきたい。
これほどに気の配られた“展示”はほかにないだろう。
芸術を愛するフランスならではの魂の表れではないかと思う。

今回はどの作品も印象的で、
スポット的に取り上げるのがむずかしいのだが、
絞りに絞ってこの3点。

セラフィーヌ・ルイの《楽園の樹》。
専門教育を受けていない画家が突如として描き始めたのだという、
その作品は描かずにはいられないエネルギーの発露であり、
鮮やかな色彩に彩られた情熱の強さに圧倒される。
どういうわけか私はこうしたアウトサイダー・アートに惹かれてしまうのだ。

そして、カンディンスキーの《30》。
タイル状に描かれたモノクロのモチーフは、
まるで観る者に問を投げかけているようだ。
リズミカルに配されるモチーフは一体何だと思う?
ここに規則性はあるのか? など作品との対話を楽しめる。

さらにもうひとつ、アンリ・ヴァランシの《ピンクの交響曲》。
共感覚をテーマに描かれているところがたいへん興味深い。
共感覚とは、たとえば絵を観て音を感じる、あるいは逆に
音を聴いて色を感じるなどの特殊な知覚現象であり、
それを実際に描いた作品は今まで見たことがなかった。


比較的作品数がすくないので、じっくり観ることができるのもうれしい。
美術館というのは、空間もあわせて楽しむもの。
落ち着いていてゆったりした雰囲気が
とてもよかったと思う。
会期もたっぷりなので、夏休みの文化活動にぜひどうぞ。

<東京都美術館ホームページ>
http://www.tobikan.jp/

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「生誕300年記念 若冲展」 [アート]

「生誕300年記念 若冲展」
2016年4月22日(金)~5月24日(火)
東京都美術館

不安的中とは、このことよ。
会期が短いうえ、これから繁忙期に入るので
時間が取れる日が読めず、金曜日の夜間開館をねらったら大行列だ。
入館まで雨の中を1時間強並び、
中に入れば大混雑で作品まで近づくこともままならない。
10年以上前に三の丸尚蔵館で展示されたときは無料だったのに、
いつの間にこんなに人気が出たのだろう。
NHKの大々的なプロモーションも影響したのだろうが、
あまりにも混みすぎだ。
そんなわけで、あまりゆっくり鑑賞できなかったが、
それでも観に行ってよかった。
見逃したら一生後悔するところだった。

会場の中は、まさに若冲ワンダーランド。
想像していたよりも大きな作品が多く、
ずらりと並ぶ展示に圧倒される。
どの作品を見ても、伸びやかで緻密で、
創作に対するあふれんばかりの情熱がうかがえる。

鳥や水生動物、植物、虫などあらゆる生き物が
鮮やかに描かれ、その躍動感と表情豊かな描写に
目を奪われまくりだ。
「かわいい!」という声がこれほど聞かれる美術展も珍しいだろう。
なかでも《竹虎図》に描かれた
虎のまんまるお目目のチャーミングさったらなかった。
また、若冲が想像たくましく描いた“象”の奇怪ながらも
愛らしい姿に思わず釘付けになる。

今回もっとも注目されている作品群は
京都の相国寺に所蔵されている釈迦三尊像だ。
すっとぼけたような表情が人間味あふれていて、
かつて見た釈迦三尊像とはまったく違って面白すぎる!
鮮やかな色彩も相まって、親しみの持てる作品に仕上がっている。
聖なる人物というよりも、絶大なる信頼感を抱く隣人のようでもある。

全体を通して印象的だったのは、
鳥の羽や花々の描写に用いられた“白”だ。
一色のように見えて、その陰影は無数にも及ぶ。
少し離れた位置から見れば、立体感を帯びて迫ってくるのだ。
一色でこれほどの表現を可能にする技とは……若冲おそるべし。

会期が約1カ月しかないというのはずいぶんひどい。
これでは、よほど時間がある人しかじっくり観られないではないか。

本ブログ内で何度も書いてきたが、
日本では芸術に触れる機会がまだまだ限られている。
文化を育む土壌が欧米と異なりすぎるのだ。
文化的な財産を私たちが目にする機会はもっと多くてもいいはずだ。

これから行く予定の方、混雑状況をチェックしてください。
できれば時間のたっぷりあるときに、
細部までじ~~っくり鑑賞していただきたいものです。

若冲ワンダフルワールド (とんぼの本)

若冲ワンダフルワールド (とんぼの本)

  • 作者: 辻 惟雄
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/03/28
  • メディア: 単行本



<「若冲展」オフィシャルサイト>
http://jakuchu2016.jp/

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Paul Smith+Masayoshi Sukita for David Bowie 2016 [アート]


「Paul Smith+Masayoshi Sukita for David Bowie 2016」
Paul Smith SPACE GALLERY
4/9(土)~4/17(日)

写真家・鋤田正義氏の作品、貴重なプライベート・コレクションなどに加え、
ポール・スミスがセレクトしたレコードジャケットや
ツアープログラムなどを展示している。
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いつでもセンセーショナルで、
存在自体が話題を集める人だったと
あらためて感じられた。



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「ボッティチェリ展」 [アート]

「ボッティチェリ展」
2016/1/16(土)~4/3(日)
東京都美術館

先の金曜日、ぽかりと時間が空いたので、
ふと思い立って行ってきた。
気がつけば、会期もあと1カ月を切っている。
危ないところだった。

《春(プリマヴェーラ)》や《ヴィーナスの誕生》で知られる
イタリア・ルネサンス期の巨匠、ボッティチェリの作品を
直接目にする機会は、それほど多くはない。というのは、
その大半が祭壇画や板に描かれた作品であるため、
現地に行かないと観られないものもあるからだ。
そのため、まとまった数の作品を展示する機会は稀なのだそうだ。
今回は20点以上のボッティチェリ作品とともに、
ボッティチェリの師フィリッポ・リッピ、
フィリッポの息子でありボッティチェリの弟子となった
フィリッピーノ・リッピの作品も展示されている。

第1章「ボッティチェリの時代のフィレンツェ」では、
同時代の関連作品をみることができる。
その多くは宗教画やメディチ家関連で、
良くも悪くもメディチ家の影響の大きさを感じられる。
そうした背景を踏まえて第2章からは
フィリッポ・リッピ、ボッティチェリ、フィリッピーノ・リッピ
それぞれ一人ずつに焦点があてられる。

3人の作品を続けて観ていくとやはり、
ボッティチェリの作品のクオリティが群を抜いていると思える。
今回の注目作品である《書物の聖母》はなかでも特に美しい。
穏やかな表情や衣服の質感、光の量や角度など細部に至るまで
きめ細やかに描きこまれ、その完成度の高さに目が離せなくなる。
時間のある限り観ていたいと思うほど、すばらしかった。

また、当時、その美しさで名を知られた女性の横顔を描いた
《美しきシモネッタの肖像》もすてき。
今にもしゃべりだしそうな唇、
遠くを見はるかすような瞳がとても魅力的だ。

さらには、人間味あふれる
《書斎の聖アウグスティヌス(聖アウグスティヌスに訪れた幻視)》、
十字架の形に切り取られた《磔刑のキリスト》といった
斬新な作品にも目を奪われる。

なかでも最も鮮烈だったのは、
晩年に描かれたとされる《アペレスの誹謗》。
登場人物をそれぞれ「誹謗」「不正」「真実」などの
意味をもつ存在として描く寓意的な作品だ。
光あふれる空間に、人物たちは表情豊かに生き生きと描かれる。
ダイナミックかつ躍動感があり、とてもすばらしかった。

ボッティチェリと師と弟子の作品は、思った以上にぜんぜん違う。
特に弟子のフィリッピーノの作風はどちらかといえば柔和な雰囲気で、
色も中間色が多い印象だ。
構図に関しても大胆さはなく、いささかおとなしい感じを受けた。

作品のなかには工房の名義になっているものもあり、
芸術に重きを置く当時の社会背景がうかがえる。
このころの芸術家はどちらかといえば職人的な存在だ。
工房制で弟子を取り教育も行うことから、小さな企業体といってよいだろう。
芸術家がインテリアや祭壇など生活全般の装飾を手がけるということは
つまり、芸術によって
暮らしまわりのソリューションを行うということだ。
ルネサンス期を代表する作品群を観るにつれ、
デザインの存在意義の根本にふれたような思いがした。

これまで観たことのなかった
貴重な作品が多く、たいへん見ごたえがあった。

東京都美術館の展示は最近さらに充実している。
今年の特別展は、
4月22日(金)~5月24日(火)「生誕300年記念 若冲展」
6月11日(土)~9月22日(木・祝)「ポンピドゥー・センター傑作展」
10月8日(土)~12月18日(日)「ゴッホとゴーギャン展」
と、必見の展示がつづく。
夜間開館を利用する機会はますます増えそうだ。


<東京都美術館ホームページ>
http://www.tobikan.jp/

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「マルモッタン・モネ美術館所蔵 モネ展」 [アート]


「マルモッタン・モネ美術館所蔵 モネ展」
9月19日(土)~12月13日(日)
東京都美術館

10月に観に行って記事を書かねばと思っていたのに、
あっという間に12月。会期が迫っている。
はじめに言っておきます。
興味がある方、ぜひ行ってください!
今までとは違うモネに出会えます。

今回はマルモッタン・モネ美術館から出展されるということで、
今まで見てきたモネとは違うだろうと期待していた。
モネといえば、「睡蓮」があまりにも有名で、
お隣の西洋美術館の常設でも鑑賞できる。
個人的なことをいえば、初めて海外旅行に行ったときに
予定外に訪れたパリのオランジュリー美術館の
最後の部屋で観た壁一面の睡蓮は忘れることができない。
特別に好きではないけれど鮮烈な印象のある画家の展示は、
やはり観ておきたいと思ったのだった。

今回の展示は、マルモッタン・モネ美術館に
所蔵された作品を中心に約90点展示する。
モネが自身のコレクションとして、
手元に置いておいた作品も少なくないという。
それは例えば、子供を描いた絵や旅行で訪れた土地の絵、
晩年に描いた絵など、代表作として名をはせている作品とは少し異なる。
また、ドラクロワやピサロ、シニャック、ロダンなどの作品もあり、
モネ自身の嗜好が大いに反映されている展示であるからこそ、
画家のパーソナリティにより近づくことができた。

なかでもたいへん興味深かったのは、
学生の時にアルバイトで描いたという風刺画である。
時の人をデフォルメして描いた絵は、
顔が異常に大きく、その反面、からだが針のように細いという
一風変わった作品群だが、ユーモアがあふれていて面白い。

また、旅先で描いた絵などは、そこに
家族と過ごした輝かしい思い出がうかがえるようで微笑ましくもあった。

晩年まで手放さなかったという作品群を見るにつれ、
これはモネにとって個人的なアルバムのような
存在なのではないかという思いにとらわれた。
それはたとえば、私たちが大切な人たちと訪れた
旅先の風景や印象深い出来事を映した写真を
いつまでも手元に置きたいという思いと同じなのではないか。
いわゆる商業的な作品ではなく、自身が楽しむための作品は
何よりも親密な色合いをまとっているようにも感じられる。

「印象派」はいまでは世界的に知られる
いちジャンルとして定着したが、
モネが描き始めたころは前衛的な作風としてとらえられただろう。
それを見出した人がいて、
いま私たちが鑑賞できることは何よりも幸せなことなのではないかと思う。

きれいなだけではなく、
アグレッシブなモネの作品に出会えるという点で
観る価値は充分にある。
モネを「睡蓮」の人として認識してしまうのは、
あまりにももったいない。
これほどまでに多彩な作品を生み出していたとは知らず、
思いのほか新鮮な展覧会だった。

<東京都美術館ホームページ>
http://www.tobikan.jp/index.html









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「エリック・サティとその時代展」 [アート]


「エリック・サティとその時代展」
7/8(水)~8/30(日)
Bunkamuraザ・ミュージアム


エリック・サティ(1866~1925)は
19世紀後半末から20世紀初頭に活躍した音楽家である。
芸術家たちが多く住んだモンマルトルで、
ピカソやピカビア、ブラック、マン・レイらと交流を深めるなか、
多くの作品を生み出した。

本展覧会は「第一章 モンマルトルでの第一歩」をはじめとする
5つの章で構成される。
サティと同時代に活躍した芸術家たちとの交流を通して
サティの姿を浮かび上がらせる。

サティは音楽家であるから、
自身の作品と呼べるのは手稿の類である。
サティの手による楽譜は思ったよりも見やすく、シンプルであるが、
ときおり雑に消した箇所や書きなおした痕跡などがあって、
思索のプロセスが見えるのが興味深い。
少しクセのある音符や文字も味わい深く、
それだけ眺めても面白いものだ。

また、サティにとって生涯唯一の恋愛相手であった
シュザンヌ・ヴァラドン(画家モーリス・ユトリロの母親)を
五線紙にスケッチした作品は、何ともいえずかわいらしかった。
サティが絵を描く意外さ、愛する人を描く純粋さ、
五線紙(をタテに使って)描くという生活感に親近感がわいてくる。

同時代に活躍したロートレックやピカソ、ピカビアらの
作品はもちろん見ごたえのあるものばかりだが、
サティ自身の手によるさりげない作品をひとつ観るほうが、
彼の核心により触れることができるように感じられる。

なかでもおもしろかったのは、
バレエ・リュス「パラード」の再演映像である。
個人的には、昨年の夏に行われた
魅惑のコスチューム:バレエ・リュス展」の続きとして観た。
(リンク先は当ブログ内の記事)

ディアギレフ率いるバレエ・リュスの舞台は、
衣裳と舞台芸術をピカソ、脚本をコクトー、
そして音楽をサティが手がけた贅沢なものだ。
いま観てもたいへん先鋭的で、
アイデアとユーモアがあふれている。
古典的なバレエから飛び出した
モダンでアクロバティックな動きは
先がまったく読めず、一瞬たりとも目を離せない。
時代の先端を走る芸術家たちが額を集めて、
お互いに切磋琢磨しながら作り上げた舞台のなんと濃厚なこと。
まさに、良き時代に生まれた傑作である。

サティの独特な音楽はいまでは多くの人に愛されているが、
発表当時はその不自然な音の運びに
違和感を覚える人も多かったのではないだろうか。
それが耳になじむうちに心地よさに変わり、いつしか
名作と呼ばれるようになっている。

サティの音楽が広く知られるようになったのは、
当時を代表する芸術家たちとの交流があったからこそだろう。
彼の身近に芸術を解し、奨励する人々が集っていたために
サティの音楽の価値が正しく評価され、
見いだされたのではないだろうか。
そう考えると、芸術が育つ環境はとても大切だ。
世に知られることがなければ、
それはないものと同じことになってしまうから。

<展覧会サイト>
http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/15_satie/

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