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直木賞受賞記念 担当編集者たちが語る佐藤正午 [本]

9月11日(月)、三省堂書店神保町本店で行われた
「担当編集者たちが語る佐藤正午」なるイベントに参加した。

佐藤正午の直木賞受賞を記念して、
担当編集者が作家について語るという異例のイベントだ。
先ごろ、佐藤正午は直木賞授賞式を欠席し、
在住地の「佐世保から出ない」ことで話題になった。

彼の読者であれば既知のことであるが、
小説の舞台が東京であろうと海外であろうと、
佐世保から出ずに調査を重ねて、
まるで現地調査を綿密に行ったかのごとく
リアリティあふれる描写をするのが佐藤正午の持ち味なのだ。
ならば、というわけでもなかろうが、
作家が不在のまま編集者たちが語ることで
創作の裏側を探るという試みである。
正午さんはこの日のイベントをもちろん知っていて、
電話で「今日だよね」と話したという。

直木賞受賞作『月の満ち欠け』を担当した岩波書店の坂本政謙さん、
山田風太郎賞受賞作『鳩の撃退法』を担当した稲垣伸寿さんのおふたりが
佐藤正午の創作過程のエピソードや、やりとりなどを開陳した。

裏側の話とはなぜ、かくも面白いのか。
そこに創作に関わる人たちの素の姿が垣間見えるからではないかと思う。
イベントの冒頭で、SNSでぜひ拡散してください、といわれたが、
なかには公表できない話もあり、そのときは
“オフレコ”の札を上げて発言するという洒落た演出もなされた。

自分が手がけた作品が賞を取るというのは、
編集者にとって望外の喜びであることだろう。
わたしは書籍に携わったことがないのでそういう機会は皆無だが、
協力して作り上げた作品が評価されることは
何にも代えがたいのではないかと思う。

稲垣さんは、「佐藤正午は出版社ではなく編集者につく作家」だといった。
いかにも、正午さんらしい。
肩書や年齢で人を見ない、そういう姿勢が作品からもうかがえる。
正午さんのことを語るおふたりはとても楽しそうで、
お互いの仕事を尊重していることがよくわかる。
出版社は異なっても、正午さんを真ん中にした
チームのメンバーという感じを受けた。

作家への愛情と編集者の心意気が感じられる
ほんわかした雰囲気のイベントだった。
こういうイベントを実現できる編集者たちの洒落っ気がいい。


月の満ち欠け

月の満ち欠け

  • 作者: 佐藤 正午
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2017/04/06
  • メディア: 単行本



鳩の撃退法 上

鳩の撃退法 上

  • 作者: 佐藤 正午
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2014/11/13
  • メディア: 単行本



鳩の撃退法 下

鳩の撃退法 下

  • 作者: 佐藤 正午
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2014/11/13
  • メディア: 単行本



※以下、佐藤正午作品のレビュー(本ブログ)。ご参考まで。
『月の満ち欠け』
『鳩の撃退法』
『身の上話』
『アンダーリポート』
『5』
『彼女について知ることのすべて』
『ありのすさび』
『カップルズ』


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『月の満ち欠け』 [本]

『月の満ち欠け』 佐藤正午 著

本作は先日、第157回直木賞の候補作にあがった。
選考は7月19日。結果を楽しみにしている。


☆☆追記☆☆
7月19日、なんと、ついに直木賞決定!
この日をずっと待ちわびていました。
朝日新聞デジタルの記事はこちら


佐藤正午の本は出れば必ず読む。
本作もその例に倣い、4月に刊行されてすぐに読み切ったのだが、
今までレビューを書かなかった。それには理由がある。
ひとつには、自分の感想がなかなかまとまらず、
どう書いたらよいのかわからなかった。
まとまったところで文章にしづらいと思っていた。
もうひとつには、本作を読んだ後に『書くインタビュー 3』が
刊行されたので、そちらと合わせて書きたいと思っていたからでもある。
というのは、『月の満ち欠け』を読み解くヒントが
見つかるのではないかと考えていたからだ。
……というのは、本作のレビューを書くつもりでいて
今まで延ばしてしまった、単なる言い訳です。


小山内堅は東京ステーションホテルのカフェで
とある母娘と会った。
るり、と名乗る7歳の娘は小山内のことをよく知っている。
コーヒーはブラックが好み。家族3人でどら焼きを食べたことがある――。
その娘は、かつて小山内の娘の瑠璃だったというのだ。
それは、いったい何を意味するのか。
小山内が妻と娘と一緒に暮らしていた頃に始まり、
長きにわたる過去をひもときつつ、
“るり”をめぐる長い物語が始まる。

著者の作品でいえば『Y』『5』の系譜につながる
超常現象を扱っている。
一つ間違えばファンタジーになりかねない
きわどい題材を、著者ならではの緻密な筆致により、
違和感なく読ませる。一種、不思議な味わいをもつ作品だ。

好きな人に会うために生まれ変わりをつづける彼女の強い思い、
そして思いを遂げるためにとった行動の仔細、
あるいはその周囲にいる人々の反応、交わした会話に至るまで、
一点も漏らすことなく丁寧に、細心の注意を払って、
しかも物語の勢いを損なうことなく書ききっている。
冒頭では突飛な設定に頭の中に疑問符が飛び交うが、
読み進むにつれ、どんな設定も人物も行動も、
なんの違和感もなく思えてくる。
読者を惑わせ、物語にごく自然に引き入れる
巧みさに思わず圧倒されてしまう。
そしてラストでは、一人の人を追い続け、
ようやく思いを遂げた彼女の執念にも似た愛情の深さに胸を打たれた。


一方、後日刊行された『書くインタビュー 3』では、
聞き手の東根ユミとの往復メールを通して、
著者の創作にかける思い、小説作法などが惜しげもなく開陳される。
ときには失礼とも思える質問に、
茶々を入れたりまっとうに答えたり、
その時々に応じた著者らしい回答がたいへん興味深い。
なかでも印象深かったのは、トルストイの
『アンナ・カレーニナ』の一文を引いて、
小説の細部へのこだわり、あるいは細部を描写することにより
際立つ小説の読みどころについて言及するくだりである。
著者の諧謔がいかんなく発揮された文章そのものの味わいをも楽しめる。

本作であらためて著者の仕事の細かさ、見事さにふれ、
小説家もしくは作家という呼び名よりも「小説職人」と呼びたくなった。

近年、新刊を読む比率は減ってきているが、
敬愛する作家の作品を読む機会だけはなくさずにいたい。
ちなみに、ことしも上半期を過ぎようとする現時点では
迷うことなく本作をベストに決めた。

月の満ち欠け

月の満ち欠け

  • 作者: 佐藤 正午
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2017/04/06
  • メディア: 単行本



書くインタビュー 3 (小学館文庫)

書くインタビュー 3 (小学館文庫)

  • 作者: 佐藤 正午
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2017/05/09
  • メディア: 文庫



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『明るい夜に出かけて』 [本]

『明るい夜に出かけて』 佐藤多佳子 著


本作を知ったのは、やはり
FMヨコハマの「books A to Z」で、
金沢八景という言葉に、!となり、絶対に読まなきゃ、と思ったのでした。

物心ついたころから中学2年の終わりまで、
最寄りの駅は金沢文庫だった。
卒業した小学校は八景小学校だったし、遠足や地域の行事で
野島公園によく行った。
そして、ラジオの深夜放送になじんだのも、その頃。
小学校高学年のころからオールナイトニッポンや
文化放送の「天才秀才バカ」などなどをよく聴いていた。
また、20代で深夜残業をよくしていた頃、
帰宅の途中に見えるコンビニのあかりはとてもありがたかった。
遅い食事にありつけるだけではなく、
深夜に買い物をできるということに楽しみを見出したものだった。

そんな、愛するものたちに材を取った
敬愛する佐藤多佳子さんの作品が面白くないわけがない。
読んでみれば、その予想は外れることがなく、
何度も胸をきゅっとつかまれちゃったのだ。

主人公は、大学を休学してコンビニでアルバイトしている。
深夜のラジオ、アルコ&ピースのオールナイトニッポンを聴くことを
毎週の楽しみにしていた。
そんなある日、ひょんなことから同じ番組のリスナーと知り合う。
女子高生の佐古田はぼさぼさの髪にピンクのジャージで
深夜のコンビニに現れた。
コミュニケーションを苦手とする主人公は、
強烈なキャラの佐古田、コンビニの同僚でミュージシャンの鹿沢、
友人の永川たちとの交流を通して、しだいに友情を確かめていく。
まぎれもない青春小説である。
こうした出会いは、若いときの宝物だ。
みずみずしくて、せつなくて、だけどウエットな雰囲気がないのは
舞台である海沿いの街の陽気さゆえだろうか。

テンポの良い会話やSNSを駆使したコミュニケーション、
ニコニコ動画など、現代ならではのツールには今日的な感じがあるが、
根本をたどれば、若者のアイデンティティクライシスや
ディスコミュニケーションからの脱出といった普遍的なテーマが見てとれる。
人間関係で悩んだとき、救いとなるのはやはり人間なのだ、という
当たり前だけど忘れがちなことを思い出させてくれた。

深夜、という濃密な時間帯が効いている。
暗く沈み、しずまりかえったときにこそ、
吐き出せる本音はすくなくないだろう。
そうした言葉は、人の胸を打つ。

著者の作品に登場する人物たちは、どうしてこれほど魅力的なのだろうか。
せりふを発する声色までもが難なく想像できて、
彼らの会話に耳を傾けるほどにワクワクしてくる。

映像化したら……とふと思わせる。
と同時に、大切に守っていきたいと感じる小説だ。
個人的にはとても懐かしく、悩ましき時代を思い出させてくれた。


明るい夜に出かけて

明るい夜に出かけて

  • 作者: 佐藤 多佳子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/09/21
  • メディア: 単行本



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『清冽』 [本]


『清冽』詩人茨木のり子の肖像
後藤正治 著

昨年あまりにも読んだ本がすくなく、
ブログの更新も怠ったため、ことしはもうちっと
頻繁に本の記事を書こうと思ったのだが、
すでに前回のエントリから1カ月以上空いてしまった。反省。
というわけで、ことしの読書記事、一発目です。

…………………………

茨木のり子という詩人が好きなことは、
以前に世田谷文学館での展示を観に行った際に書いた
(リンクは本ブログ内の記事)

茨木のり子は、戦後を代表する女性詩人として知られる。
「倚りかからず」「わたしが一番きれいだったとき」
「自分の感受性くらい」といった代表作を
国語の教科書で読んだことがある人もすくなくないだろう。

重複するが、わたしが彼女の作品をきちんと読んだのは、
遺作となった『歳月』のブックレビューを書いたときが初めてで、
美しくてしなやか、だけどゆるぎない言葉に衝撃を受け、
たちまち魅了されたのだった。

それからは、折に触れて彼女の詩を読んだり、
ていねいな暮らしぶりがうかがえる
写真集『茨木のり子の家』を眺めたりしている。

本作は、ノンフィクション作家の後藤正治の手による。
茨木のり子の追悼に際して文章を書いたことをきっかけに
彼女の読者となり、その生涯を追ってみたいという思いから
評伝を試みたという。

長きにわたり交流のあった編集者、
甥であり『歳月』を編纂した宮崎治氏、
彼女の実家であった宮崎医院のお手伝いさんたちの談話、
あるいは詩人仲間の谷川俊太郎や岸田衿子らのことばから
茨木のり子の生涯、そして詩作の背景をひもといていく。

彼女の人柄を形容するのにふさわしい言葉は、“品格”であろうか。
岸田衿子、谷川俊太郎とも彼女の行儀のよさに言及している。
谷川は、加えて
「…(略)…僕の言い方でいえば言葉を生み出す源の無意識下がきれい過ぎる。そこが物足りない」
と言い、茨木が夫・安信氏との日々をつづった遺作『歳月』を
「無意識下を解放した」として高く評価したそうだ。

しかし、無意識に潜む弱みや愚痴などを
作品として表していなければ強い人間というわけではない。
むしろ、つねに自身の弱さと闘ってきた結果といえるのではないか。
というのは、彼女の詩作の背景に
重くのしかかるのは、戦争体験だからだ。
少女のころは第二次世界大戦中で、
何事もがまんしなければならない時代だった。
敗戦を迎え、彼女のなかで大きく育っていった戦争への疑問が
彼女の表現活動、ひいては日々の生活の骨格となっていったのだと思う。
そうした経緯を思うと、それでも前を向いて生きてきた
彼女のひたむきさに胸を打たれる。
読むほどに、一つひとつの言葉の重みを感じるのだ。

わたしはどこかで、茨木のり子を人生の手本のように思っている。
詩作そのものだけではなく、
シンプルだけど地味にならない美しさ、
ゆるぎない精神性、きめ細やかな暮らしぶりな、
彼女をかたちづくるすべてのものにあこがれを感じる。

もし今の時代に生きていれば、
話してみたかった、そう思わせる人である。
きっとこれからも彼女の存在を心の片隅に
感じ続けることになるのだと思う。

清冽―詩人茨木のり子の肖像

清冽―詩人茨木のり子の肖像

  • 作者: 後藤 正治
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2010/11
  • メディア: 単行本



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『小松とうさちゃん』 [本]


『小松とうさちゃん』  絲山秋子 著


このところ立て続けに刊行の続く
絲山秋子の最新作。
書影に地味めなおじさんのイラストを配すとは、
なかなかの大胆さではないかと思う。
これは、シャレオツな女性読者は手に取りにくいのではないか?
わたしはもちろん、そんなことなどまるで気にせず、
すかさず手に取りましたけれども。


大学の非常勤講師を勤める小松尚、52歳。
仕事で新潟に向かう新幹線の車中で
同い年の長崎みどりと知り合い、好感を抱く。
しかし、それまであまり恋愛経験のなかった小松は
どうしたらよいのかわからず、みどりの年賀状に返事も出せない。
そんな小松の相談相手となるのは、
飲み屋で知り合い、その後同僚のように仲良くなった宇佐美。
一見普通のサラリーマンだが、
40歳を過ぎてネトゲにはまり、抜け出せずにいる。

みどりに対してどう接したらよいのか考え込む小松、
人にはいえない怪しげな仕事をしているみどり、
実社会よりネトゲで深刻な状況に陥る宇佐美。
この三人を語り手に、日々を暮らすなかで
持ちうるさまざまな感情が、それぞれの目線からつづられる。

日常やそれぞれの事情に対する愚痴やぼやきなども少々あるが、
どちらかといえば屈託はあまり感じられない。
三人とも自分の置かれた境遇を受け止めていて、
それでもあきらめたり腐ったりすることなく
日々を生きていく姿に、どこか潔さも感じられてくる。
彼らの人柄が浮かび上がるにつれ魅力は増し、
最後にはかわいらしく見えてくるのが不思議だ。
登場人物たちに対する著者の愛情深さゆえではないだろうか。

中年と呼んでいい年頃の彼らのリアルな日常が
あまりにも自然に展開するので、
時折、著者の存在を忘れかけた。
まるで彼らが勝手に行動し、話し出すかのよう。
著者の持ち味である、言葉をていねいに選び抜いた文章と
軽妙でテンポのよい会話が物語をスムースに読ませるためだろう。

最後の展開はあまりにも意外で、思わず笑ってしまった。
あっという間に読めてしまうが、読み終わったとたん
また最初から読みたくなる。
一つひとつの文章を何度も味わいつくしたい。
ひっそりとしてはいるが、絲山作品のなかでも
好きな作品の一つになりそうだ。

小松とうさちゃん

小松とうさちゃん

  • 作者: 絲山秋子
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2016/01/19
  • メディア: 単行本



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『愛のようだ』 [本]


『愛のようだ』 長嶋有 著


1月30日(土)、
FMヨコハマでオンエアされている
books A to Z」のトークイベントに行った。
今まで紹介した本が2000冊を超えた記念として行われた今回のイベントでは、
パーソナリティの北村浩子さんと芥川賞作家の長嶋有さんによる
トークが繰り広げられた。
長嶋さんの最新刊『愛のようだ』について、
さらにはお二人おすすめの本について、
たっぷり100分ほど、テンポよく濃厚なお話を聞かせてくれた。


長嶋さんのトークを聞くのは、
「文学賞メッタ斬り!」に引き続き、2回目。
思えば、2008年2月3日(http://lucksunblog.blog.so-net.ne.jp/2008-02-07)、
都心はまれにみる大雪だった。
積雪が予報されていた今回のイベント当日、
もし雪が降ったら、長嶋さんのことを個人的に
「雪男!」と呼ぼうと決めていたのだが、
残念ながら、冷たい雨に終わってしまった。


本書を初めて手に取ったとき、
そのタイトルと、“最初で最後の「泣ける恋愛小説」”という帯をみて
嘘だろうと思ったことを白状する。なぜなら、
今まで読んだ長嶋さんの小説は、
なかにほんのり恋愛のエピソードがあっても、
どっぷり甘い恋愛を描くことを
意図的に避けているように思っていたからだ。
著者は、恋愛よりも以前にある
人間関係に重きを置いているのだと考えていた。


40歳でようやく自動車免許を取った戸倉は、友達の須崎と
その彼女の琴美と一緒に、クルマで伊勢神宮に向かっている。
その道中の会話から、琴美は闘病中、しかもその病気は深刻で、
戸倉は琴美のことが好きだということがわかる。
が、その後、戸倉と琴美の関係が進展することはない。

第一話から第四話までインターミッションを挟みつつ、
戸倉は編集者の長嶺やライター仲間、ボードゲームの仲間などと
ドライブしている。その行先は都度ちがうのだが、
共通するのは車中あるいはサービスエリアなど、
どこかに行く途中だということだ。
そのなかで、彼らは延々と話しつづける。
過去にはやった歌謡曲、アニメやゲームについて、もしくは
特に意味もないよもやま話などなど。
男同士っていいな、と思う。
女同士だと少なからず駆け引きの要素が入ってくるものだが、
男って、良くも悪くもシンプルだ。
そこで話されたことにのみ集中し、会話が転がっていく。
そうした軽妙なやりとりを楽しむうちラストに向かい、そして
帯の惹句が正しかったことを知らされる。
ラストの一行に、思い切りやられてしまった。

前述のトークショーでも話題にのぼったが、
作中で「男とは」「女とは」に言及されていることが新鮮だった。
たとえば、
“男の多くは温泉を本当には、あまり好きではない。そこらのサウナでいい。”
“女は男以上に「(そこにいない)可愛い女の子」が好きだとも思う。”
などといった数々の文言に、著者の経験に基づく思考が
あらわれているのだと思えて、ひじょうに興味深かった。

本書は、いわゆるロード・ノヴェルといえるだろう。
個人的にはとても好きなジャンルだ。
読むほどに映像が喚起されるので、映像化されたら
さぞかし楽しかろうと思えた。
戸倉たちのせりふが、いつしか頭のなかで回りだす。
……「キン肉マン」の歌とともに。

本書の作中でドライブの友として、実に多くの音楽が流れるのだが、
知らない曲も多かったので、サウンドトラックをほしいと思った。
ということを、トークショーのときに長嶋さんに
伝えようと思っていて、すっかり忘れてしまった!

北村さんと長嶋さんのお話を反芻しながら
もう一度読んでみようと思う。
読むほどに新たな発見があるような気がしている。

愛のようだ

愛のようだ

  • 作者: 長嶋 有
  • 出版社/メーカー: リトル・モア
  • 発売日: 2015/11/20
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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『薄情』 [本]


『薄情』 絲山秋子 著


女性作家をあまり読まないなかで、
絲山さんは別格だ。
なにしろ、今まで刊行された作品をほとんど読んでいる。
月並みな表現で申し訳ないが、
絲山さんの文章は、しっくりくるのだ。
違和感なく入り込んできて、すみずみまでしみわたる。
これほどまでに好きになった女性作家は私にとってはただひとり。
たいへん貴重な方なのです。


地方都市で神職の後継ぎとして暮らす宇田川静生は、
人には深入りせず、つかず離れずの距離を保っている。
深刻な場でも無意識ににやついてしまう癖があり、
何に対しても本気になれない自分を自覚している。

そんななか、高校の後輩の蜂須賀(女子)と再会したり、
東京からやってきたアーティスト鹿谷さんと出会ったりして、
静生の生活は思いもかけぬ方向に動いていく。

鹿谷さんの“変人工房”で出会う人々、
大学時代の友人、近所の人……。
さまざまな人とのつきあいのなかで、
静生はまるで鏡に映る姿を見るようにして、
自分自身の内面を見つめていく。

このままこの土地でずっと生きていくのか。
このままだれとも深くかかわることはないのか。
このままずっと、心が落ち着く場所を見つけることはできないのか。

いちど土地を離れて再び帰ってきた蜂須賀の存在が効いている。
このタイミングで現れた彼女は、
思いもかけず、静生にとって大きなきっかけとなった。
簡単に恋愛関係になることなく、
きちんと言葉を交わすことのできる彼女を通して、あるいは見つめて
静生は自身の姿を確かめていくのだった。

自分自身を完全に理解することなんてできない、と
わたしはいつも思っている。どちらかといえば
他人の目に映る姿のほうが本当の自分なのではないか。
自分が気づかない部分も他人は見ているのではないかと思う。
そう考えると、自分の本当の姿なんてどこにもなく、
人と会うごとにつねに変わり続けているのかもしれない、
などと思えてくるのだ。

著者は、いままでさまざまな土地を舞台に小説を書いてきた。
山陰、名古屋、九州、パリ……。
いずれもひじょうに丁寧に描写されるため、
自然とその情景を思い浮かべることができた。
しかし、なかでも今回の舞台となる群馬は別格だ。
著者自身が現在暮らす土地であることもあり、
並々ならぬ愛情が感じられる。
駅前の街もロードサイドも山並みも、著者が描くことで
たちまち色鮮やかになり、そこに息づく人たちの表情までも思い浮かぶ。
脳内で勝手に映像化が進んでいく。

さらりと語られる方言も魅力的だ。
頻繁に用いられる“行き合う”という言葉のやわらかさに思わずほころんだ。
“出会う”というほど断定的でなく、
いずれは別れ行くことを予想させて、どことなく切ない。
そうしたなかで人と出会うことの意味を考えさせられる。

クルマ好きな著者ゆえにドライブの場面が多く、
そこにインサートされる群馬の風景が印象的だ。
ペーパードライバー歴10年以上のわたしでさえ、
クルマを運転したいという気分になってしまった。

伸びやかな自然に包まれる群馬の土地を駆け抜けたい。
そうして解放されたら、
心がしっくり落ち着く場所が見つかるかもしれない。

ちなみに、すこし前に出た著者の『街道(けぇど)を行ぐ』は
本書の副読本として、たいへん参考になります。
合わせてどうぞ。

薄情

薄情

  • 作者: 絲山 秋子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2015/12/18
  • メディア: 単行本



絲山秋子の街道を行ぐ

絲山秋子の街道を行ぐ

  • 作者: 絲山秋子
  • 出版社/メーカー: 上毛新聞社出版部
  • 発売日: 2015/10/16
  • メディア: 単行本



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『永い言い訳』 [本]


『永い言い訳』  西川美和 著


映画「ゆれる」「ディア・ドクター」などを手がけた
監督による長編小説。
本作もすでに映画化が決定している。


小説家の津村啓こと衣笠幸夫は、
妻の夏子をバスの事故で失った。
ところが夏子の死に際して悲しみを感じることはなく、
傷ついた夫を演じるばかりだった。
そんな幸夫は、
夏子とともに事故に遭って亡くなった
大宮ゆきの家族に出会い、
ふれあうなかで徐々に変わってゆく。

小説家として成功するまでの期間、支えてくれた妻を裏切っていた。
さらには、葬式の際に涙を流すこともなかった。
そんな描写から、幸夫の冷淡な性質は明らかだ。
ところが幸夫は自ら、まだ幼い子供を抱えて困っている
大宮一家のために手助けをすることを提案する。
子供たちは当然ながら幸夫になつかず、
幸夫自身も子供たちの扱いに戸惑う。
しかし不器用なコミュニケーションをとり続けるうちに
いつしか子供たちへの愛情を感じるようになり、果ては
他者の介入に嫉妬するようにさえなるのである。

妻や編集者、大宮家の人々など、
幸夫だけでなく周囲の人の視点から語られることで、
彼らの関係や状況が立体的に浮かび上がってくる。
そうした点は、映像を手がける著者ならではだろうか。

幸夫の心の揺れ、変化するプロセスが
どことなく冷やかな、淡々とした筆致でリアルに描き出されている。
当初は好もしく思えなかった幸夫の性質が和らいでくるにつれ、
次第に共感を覚えてくる。
つねに一定の距離をもって冷静に描かれているが、
その背後には、どんな人であれ肯定し、
包み込むような温かさが感じられるのだ。

人の感情は他人に分かるものなどではなく、
一人ひとりのリアリティの上に成り立つ。
身近な人を失った全ての人が
等しくそのときに悲しさを持ち得るか。
状況は人それぞれ違うのが当たり前で、
感情の持ち方も表し方もその人による。
だけれど、その中心にある悲しみや孤独に寄り添うことで
同じ景色をみることができるのではないだろうか。

妻の死に向き合った幸夫は、
これからどんな小説を書くのだろう。
思わず、その後を想像したくなる物語だ。

永い言い訳

永い言い訳

  • 作者: 西川 美和
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2015/02/25
  • メディア: 単行本



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『ヒア・カムズ・ザ・サン』 [本]

『ヒア・カムズ・ザ・サン』東亰バンドワゴン 
小路幸也 著

The Beatlesの曲名を冠した人気シリーズも、巻を重ね10作になった。
ほぼ年に一度の刊行なので、本書で約10年目ということになる。
早いものだ。

作中では、堀田家の藍子、紺、青はそれぞれ結婚し、
いまでは全員が子を持つ身となった。また、
一家の主人、勘一の昔なじみのかずみちゃんも加わり、
もはや全部で何人いるのかわからない。
しかも、ほぼ全員が同居しているという状態だ。
大家族ということばがふさわしいというより、もはや
通り越してひとつのコミュニティをなしているともいえよう。
さらには、古本屋を営んでいるから当然、来客も多い。
だから堀田家はいつもたいそうにぎやか。
ミニマルな家庭に育った身としては、読むたび羨ましく思う。

夏から春へ、一年を通して季節ごとに四つのストーリーが収録されている。
古本屋“東亰バンドワゴン”にふりかかる
出来事や謎を主軸に展開し、その周りに
家族やご近所、知人・友人たちのさまざまな事情が描かれる。

幽霊さわぎ、区立図書館の謎の本、
宮内庁からやってきた招かれざる客……。
家族を中心に解決するそうした出来事を小さな物語とするなら、
家族に起きるライフイベントの数々は大きな物語をなすといえるだろう。
本書では、中学3年生の研人の受験と進路がみんなを悩ませた。
研人は、希望する高校に合格できるのだろうか?
――結果は最終章で知らされることになる。

シリーズが始まったころには、古本屋を営む家族を描く
シンプルで微笑ましいホームドラマだったが、
物語の進行とともに、堀田家にまつわる歴史が徐々に明らかになってきた。
どうやら、単なる町の古本屋にあらず。
思わぬ役目を負う、由緒正しい存在だったのだ。

本シリーズの語り手であるサチ(勘一の亡き妻。つまり実体ではない)が
それぞれの出来事を見届けたうえで締めくくる言葉が、
毎度しみじみと心に響く。
本書では、最終章で語られる言葉が深い余韻を残している。

人生というこの広い広い空は、曇って、雨が降って、雪が降って、 霰(あられ)も降るかもしれません。 風が吹き荒び、嵐が続くかもしれません。 それでも、ありふれた言葉ですけれど、お天道さまはまた出るのです。 しかも、必ず同じ方角から昇ってくるのですよ。 (略) 転んでも立ち上がればいいんです。泥に汚れても顔を上げれば、 ぐるりと見回せば、必ずお陽様は昇ってきます。顔を出してくれます。 〈ヒア・カムズ・ザ・サン〉 そうして、自分を信じて、そこへ、向かって歩き出せばいいんです。

サチの温かなまなざしで切り取られる堀田家の物語を読むうち、
いつしか彼らと同じ時を過ごしているように感じられてくる。
もう少し、いやずっと、堀田家の人々を見つめていきたい。

ヒア・カムズ・ザ・サン 東京バンドワゴン

ヒア・カムズ・ザ・サン 東京バンドワゴン

  • 作者: 小路 幸也
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2015/04/24
  • メディア: 単行本



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『ゆっくり、いそげ』 [本]

『ゆっくり、いそげ』  影山知明 著

NHK総合で平日23時30分から放送している「NEWS WEB」をよく見ている。
鎌倉千秋キャスター(美人!)と、
曜日ごとに変わるネットナビゲーターのふたりで進行し、
その日のニュースについてコメントしたり、
ツイッターに流れる視聴者の声に耳を傾けたりする、
おやすみ前にふさわしいリラックスムードのニュース番組だ。
ネットナビゲーターのひとりとして登場するのが、
本書の著者、影山知明氏である。
「NEWS WEB」で見るまで知らなかったのだが、
有名なカフェの経営者なのだそうだ。
初めて入った小さな本屋で面陳されている本書を見て、思わず手に取った。
私が日頃心がけている言葉が、書名そのものだったから。

なぜ私が「ゆっくりいそげ」を心がけているかというと、
急ぐあまりに焦ると、本当にろくなことがないからだ。
かなりの確率で、大なり小なり何かしらの事故が起きる。
急ぐときこそゆったりかまえて、周りをきちんと見ることが大切だ。
仕事の時は、特に心がけている。

話がそれた。
影山氏が経営する会社の名前は、「フェスティナ・レンテ」。
イタリア語で「ゆっくりいそげ」を意味する。
「これからの経済や社会の基本指針を考えるときの
基本指針になるのではないかと思」うと、著者は言う。

本書で著者は、現代の社会システムに疑問を投げかけ、
よりよい社会実現の自説を唱えるとともに、
そのなかでのカフェの役割について考察する。
さらには、カフェからはじまるあらたな社会の仕組みを提唱する。

西国分寺の生家の土地で始めた「クルミドカフェ」は、
食べログで1位を獲得した超人気店なのだそうだ。
テーブルには「おひとつどうぞ」と書かれたクルミのかごが置いてある。
無料サービスだ。
そのクルミに象徴されるお店の姿勢が好まれているということなのだろう。

産地を限定したクルミの仕入れや手の込んだメニューづくり、
あるいはスタッフとのコミュニケーションなどを通して
著者は自らの経験から得たノウハウを解き明かす。
そのすべてに強調するのが、
受け手・贈り手双方にとって良い“give”の考え方である。
“take”の考え方では、相手から少しでも多くのものを得たいという心理が働く。
消費者の立場であれば、割引やポイント付与を享受したいという考え方だ。
対して“give”として考えると、
支払った料金以上のサービスを与えられたことに感謝を覚えるのだという。

本書で語られる言葉はほとんどが平易であるため
温和な印象を受けるが、時折とても力強い言葉が飛び込んでくる。

“人脈という言葉はまさにその象徴だ。人間関係を手段と捉えた言葉。ぼくが世界で一番嫌いな言葉でもある。”

“一人ひとりの人生は会社に先立ってある。会社は、一人ひとりのメンバーを「利用」するのではなく、それぞれの人生であり、そこに根をもった一つひとつの自発性を「支援」する。”

“それがお店であっても、建物であっても、自然であっても、本であっても、家具であっても、長い時間――特に人間の寿命をも超えるような長い時間――をその内に蓄積した物には、その種のものにしか身にまとえない力があるように思う。”

経済が飽和状態にあり、
この先、劇的な成長などまず見込めない(と私は思う)
現代の日本においては、おそらくこうした考え方が主流となってくるだろう。
いや、むしろそう考えなければ閉塞感はさらに増して、
いっそう生きづらくなるかもしれない。

カフェの経営状態を具体例としてひきつつ、しだいに
ゆたかな暮らしのありかたを問うてゆく。
仕事に対する考え方はもちろん、
これからの生き方についても考えさせられた。

西国分寺という街から発信されるあらたな
社会システムは、これからどう育っていくだろう。
周りを巻き込み、より多くの人の賛同を得て
わくわくするような大きなムーブメントへと
展開することになれば、世の中少しは
楽しいものになるのかもしれない。

ゆっくり、いそげ ~カフェからはじめる人を手段化しない経済~

ゆっくり、いそげ ~カフェからはじめる人を手段化しない経済~

  • 作者: 影山知明
  • 出版社/メーカー: 大和書房
  • 発売日: 2015/03/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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