So-net無料ブログ作成

『ヒア・カムズ・ザ・サン』 [本]

『ヒア・カムズ・ザ・サン』東亰バンドワゴン 
小路幸也 著

The Beatlesの曲名を冠した人気シリーズも、巻を重ね10作になった。
ほぼ年に一度の刊行なので、本書で約10年目ということになる。
早いものだ。

作中では、堀田家の藍子、紺、青はそれぞれ結婚し、
いまでは全員が子を持つ身となった。また、
一家の主人、勘一の昔なじみのかずみちゃんも加わり、
もはや全部で何人いるのかわからない。
しかも、ほぼ全員が同居しているという状態だ。
大家族ということばがふさわしいというより、もはや
通り越してひとつのコミュニティをなしているともいえよう。
さらには、古本屋を営んでいるから当然、来客も多い。
だから堀田家はいつもたいそうにぎやか。
ミニマルな家庭に育った身としては、読むたび羨ましく思う。

夏から春へ、一年を通して季節ごとに四つのストーリーが収録されている。
古本屋“東亰バンドワゴン”にふりかかる
出来事や謎を主軸に展開し、その周りに
家族やご近所、知人・友人たちのさまざまな事情が描かれる。

幽霊さわぎ、区立図書館の謎の本、
宮内庁からやってきた招かれざる客……。
家族を中心に解決するそうした出来事を小さな物語とするなら、
家族に起きるライフイベントの数々は大きな物語をなすといえるだろう。
本書では、中学3年生の研人の受験と進路がみんなを悩ませた。
研人は、希望する高校に合格できるのだろうか?
――結果は最終章で知らされることになる。

シリーズが始まったころには、古本屋を営む家族を描く
シンプルで微笑ましいホームドラマだったが、
物語の進行とともに、堀田家にまつわる歴史が徐々に明らかになってきた。
どうやら、単なる町の古本屋にあらず。
思わぬ役目を負う、由緒正しい存在だったのだ。

本シリーズの語り手であるサチ(勘一の亡き妻。つまり実体ではない)が
それぞれの出来事を見届けたうえで締めくくる言葉が、
毎度しみじみと心に響く。
本書では、最終章で語られる言葉が深い余韻を残している。

人生というこの広い広い空は、曇って、雨が降って、雪が降って、 霰(あられ)も降るかもしれません。 風が吹き荒び、嵐が続くかもしれません。 それでも、ありふれた言葉ですけれど、お天道さまはまた出るのです。 しかも、必ず同じ方角から昇ってくるのですよ。 (略) 転んでも立ち上がればいいんです。泥に汚れても顔を上げれば、 ぐるりと見回せば、必ずお陽様は昇ってきます。顔を出してくれます。 〈ヒア・カムズ・ザ・サン〉 そうして、自分を信じて、そこへ、向かって歩き出せばいいんです。

サチの温かなまなざしで切り取られる堀田家の物語を読むうち、
いつしか彼らと同じ時を過ごしているように感じられてくる。
もう少し、いやずっと、堀田家の人々を見つめていきたい。

ヒア・カムズ・ザ・サン 東京バンドワゴン

ヒア・カムズ・ザ・サン 東京バンドワゴン

  • 作者: 小路 幸也
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2015/04/24
  • メディア: 単行本



『ゆっくり、いそげ』 [本]

『ゆっくり、いそげ』  影山知明 著

NHK総合で平日23時30分から放送している「NEWS WEB」をよく見ている。
鎌倉千秋キャスター(美人!)と、
曜日ごとに変わるネットナビゲーターのふたりで進行し、
その日のニュースについてコメントしたり、
ツイッターに流れる視聴者の声に耳を傾けたりする、
おやすみ前にふさわしいリラックスムードのニュース番組だ。
ネットナビゲーターのひとりとして登場するのが、
本書の著者、影山知明氏である。
「NEWS WEB」で見るまで知らなかったのだが、
有名なカフェの経営者なのだそうだ。
初めて入った小さな本屋で面陳されている本書を見て、思わず手に取った。
私が日頃心がけている言葉が、書名そのものだったから。

なぜ私が「ゆっくりいそげ」を心がけているかというと、
急ぐあまりに焦ると、本当にろくなことがないからだ。
かなりの確率で、大なり小なり何かしらの事故が起きる。
急ぐときこそゆったりかまえて、周りをきちんと見ることが大切だ。
仕事の時は、特に心がけている。

話がそれた。
影山氏が経営する会社の名前は、「フェスティナ・レンテ」。
イタリア語で「ゆっくりいそげ」を意味する。
「これからの経済や社会の基本指針を考えるときの
基本指針になるのではないかと思」うと、著者は言う。

本書で著者は、現代の社会システムに疑問を投げかけ、
よりよい社会実現の自説を唱えるとともに、
そのなかでのカフェの役割について考察する。
さらには、カフェからはじまるあらたな社会の仕組みを提唱する。

西国分寺の生家の土地で始めた「クルミドカフェ」は、
食べログで1位を獲得した超人気店なのだそうだ。
テーブルには「おひとつどうぞ」と書かれたクルミのかごが置いてある。
無料サービスだ。
そのクルミに象徴されるお店の姿勢が好まれているということなのだろう。

産地を限定したクルミの仕入れや手の込んだメニューづくり、
あるいはスタッフとのコミュニケーションなどを通して
著者は自らの経験から得たノウハウを解き明かす。
そのすべてに強調するのが、
受け手・贈り手双方にとって良い“give”の考え方である。
“take”の考え方では、相手から少しでも多くのものを得たいという心理が働く。
消費者の立場であれば、割引やポイント付与を享受したいという考え方だ。
対して“give”として考えると、
支払った料金以上のサービスを与えられたことに感謝を覚えるのだという。

本書で語られる言葉はほとんどが平易であるため
温和な印象を受けるが、時折とても力強い言葉が飛び込んでくる。

“人脈という言葉はまさにその象徴だ。人間関係を手段と捉えた言葉。ぼくが世界で一番嫌いな言葉でもある。”

“一人ひとりの人生は会社に先立ってある。会社は、一人ひとりのメンバーを「利用」するのではなく、それぞれの人生であり、そこに根をもった一つひとつの自発性を「支援」する。”

“それがお店であっても、建物であっても、自然であっても、本であっても、家具であっても、長い時間――特に人間の寿命をも超えるような長い時間――をその内に蓄積した物には、その種のものにしか身にまとえない力があるように思う。”

経済が飽和状態にあり、
この先、劇的な成長などまず見込めない(と私は思う)
現代の日本においては、おそらくこうした考え方が主流となってくるだろう。
いや、むしろそう考えなければ閉塞感はさらに増して、
いっそう生きづらくなるかもしれない。

カフェの経営状態を具体例としてひきつつ、しだいに
ゆたかな暮らしのありかたを問うてゆく。
仕事に対する考え方はもちろん、
これからの生き方についても考えさせられた。

西国分寺という街から発信されるあらたな
社会システムは、これからどう育っていくだろう。
周りを巻き込み、より多くの人の賛同を得て
わくわくするような大きなムーブメントへと
展開することになれば、世の中少しは
楽しいものになるのかもしれない。

ゆっくり、いそげ ~カフェからはじめる人を手段化しない経済~

ゆっくり、いそげ ~カフェからはじめる人を手段化しない経済~

  • 作者: 影山知明
  • 出版社/メーカー: 大和書房
  • 発売日: 2015/03/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



『さいごの色街 飛田』 [本]

『さいごの色街 飛田』  井上理津子 著


飛田のことを教えてくれたのは、
とある男友達で、興味があって調べて
実際に行ったと言っていた。
それが、かれこれ2、3年ほど前のことだ。
そのころ刊行されたのが本書の親本だった。
読みそびれているうちに文庫化されて手に取ったのだが、
補記が付されていたので、文庫で読んで良かったと思う。

本書は大阪の飛田に
現在唯一残っている遊郭の真実に迫る
濃厚なルポルタージュだ。
女性ライターが書いたことで、話題になった。

著者は何度か飛田に足を運ぶうちに興味を惹かれ、
本格的に取材をすることになったという。
12年の長きにわたる取材はまず、
飛田の経験者に話を聞くことから始まった。
しかし、場所が場所だけに
気軽に話をしてくれる人はなかなか見つからない。
それでも知人、友人を伝って探しだした人たちの口からは
さほど実のある話は引き出せなかった。
というわけで、単身、飛田へ乗り込み、
喫茶店や居酒屋の店主に聞き込みをし、
そこで得た手がかりをもとに取材を試みていくと、
思いもかけぬ人物と巡り合った。

親が料亭(いわゆる遊郭)を経営していたという原田さん。
いまは小さな居酒屋の亭主だが、もとは大金を動かしていたという。
もともと、料亭として使っていた昔の建物を見せてくれた。
残しておきたい、と語ったその建物はたいそう立派なもので、
中には開かずの間もあったのだ。

取材を進めるうちに、はじめはいい顔をしなかった
組合の人たちも、資料を提供してくれるなど
協力してくれるようになり、知り合いもできた。
思ったほど怖い人物は出てこないのだが、
体当たりでストレートな取材をつづける著者の取材姿勢に
感心すると同時にハラハラするのは否めない。
関西人ならではのバイタリティのなせる技か。
度胸の良さに恐れ入る。

そうしたなかで見えてきた飛田の成り立ち、変遷が
明らかになるにつれ、
その存在が善なのか悪なのか分からなくなってきた。
昔からある原始的な商売だということは
分かっていても、売春を正面から肯定する気にはなれない。
かといって、商売自体が違法であることが分かっていても、
つづけることしかできない人たちの
人生や事情を否定することもできない。
需要があるからこそ、現在まで残っている事実の重みを
あらためて知らされる。
その外観が昭和の情緒を感じさせる独特な美しさを放つから、
残っているというわけではないのだ。

著者自身も、結論にたどり着いてはいない。
誰しも同じような思いを抱くのではないだろうか。
今までこうした日本の暗部をきちんと記したルポルタージュは
それほどなかったのではないかと思う。
歴史の闇に葬り去られる事象のなかに、
連綿とつづく人々の営みがあった。
現在でも彼女らを取り巻く事情はそれほど変わらない。
貧困、借金、DV……。
下層社会を支えるのは、いつでもこうした商売なのではないか。
飛田で働く、とある“おばちゃん”は、
幸福度ゼロと言ったという。
彼女たちの日々の仕事の先にあるものは何だろうか。
昔も今も変わることなく光が見えないのだとしたら、
とてもせつなくやるせない。

さいごの色街 飛田 (新潮文庫)

さいごの色街 飛田 (新潮文庫)

  • 作者: 井上 理津子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2015/01/28
  • メディア: 文庫



「マグリット展」 [アート]

「マグリット展」
3月25日(水)~6月29日(月)
国立新美術館


イマジネーションがたいへん豊富で多作な人だ。
すなわち作品数が多い。
1988年に近代美術館で行われた展覧会以来、
関連の展覧会があればわりと観ているほうだと思っていたが、
それでもまだすべてを網羅できず、
観たことのない作品がその都度ある。
まるでいまだに作品を生み出し続けているかのようだ。

今回は、国内外から約130点を時系列に展示している。
画家の創作活動とその時代背景のかかわり、
さらには作風の変遷を見ることによって、
マグリットのイメージの源泉や思想を浮かび上がらせる。

まずは、画業に専念する以前の広告関連から。
初期作品として、ポスターや書籍の表紙など、
いわゆるグラフィックデザインの類が展示される。
マグリットの作品はどちらかといえば
ポップアート的な色合いの作品が多く
一見、大衆に受け入れられやすいものが多いが、
そうした作風のきっかけは、この時代にあったのかもしれない。

その後はシュルレアリスムとの出会い、反発、
印象派へのアプローチなど、時代が移り変わるとともに
その都度なんらかのきっかけにより、作風が変わっている。
なかでも最も顕著なのが、第4章:戦時と戦後(1939~1950)。
作品が“暗い”と批判されたことに反発するように、
やけに明るい色合いの開放的な作品が並ぶ。
マグリットのもっともポピュラーな作品は、
この時代のものが多いのではないだろうか。

マグリットの作品につねにつきまとうのは“疑問”である。
何を意図して描いたのか一度観ただけでは分からないものばかりだ。
画家はおそらく、観る者に思考することを要求しているのだろう。
芸術作品とは美しさを提示するために存在するのではなく、
作家と観る者との対話を促すためのものであるべきだという
サジェスチョンが込められているかのように思える。

田園風景の中央に置かれたキャンヴァスには、
そのキャンヴァスがさえぎっているはずの風景が描かれている。
遠目で観れば、そこにキャンヴァスがあるとは
気づかないほどのリアリティをもって。
しかし、その後ろに同じ風景が展開しているとは限らない。
なぜここに、キャンヴァスがあるのだろう。
それがさえぎっているものは何だろうと考えずにはいられない。

マグリットは大変なテクニシャンである。
色や構成のバランスは見事というしかなく、
画力の確かさは言うまでもない。
巧みさゆえの説得力と迫力に満ちている。
手ぬかりなく語りかけてくる作品を観るうち、
画家の熱量に圧倒されてしまう。

今回の注目作品は、
帽子をかぶった紳士が大勢宙に浮いている《ゴルコンダ》。
ほか、《大家族》《白紙委任状》といった代表作群も
ダイナミックでたいへんすばらしい。
個人的には、《自由の入口で》と題された大作が気に入った。
いずれも濃厚で点数も多いので、
すべてをじっくり観るには、思いのほか時間がかかる。
これから観る人には、時間に余裕をもって行くことをおすすめしたい。


<展覧会オフィシャルサイト>
http://magritte2015.jp/

「アウトサイダー・アート入門」 [本]

「アウトサイダー・アート入門」  椹木野衣 著


アウトサイダー・アートを知ったのは
恥ずかしながらここ2~3年のことで、
初めて観たときは、そこに何が表されているのか分からずとも
揺るぎない存在感を放つことにただ圧倒されてしまった。
その後、興味を持ちはじめていろいろ調べていたところ、
今年の3月に本書が刊行された。

アウトサイダー・アートとアール・ブリュットは
同じものを指すが、著者は意図的に
“アウトサイダー・アート”という言葉を用いる。
それがつまり、本書の主題とするところである。

アール・ブリュットは無垢の芸術という意味であるため、
文教政策に都合のいい言葉だが、
対してアウトサイダー・アートはいわゆる“外道”で、
犯罪者なども含まれるのだと著者は言う。
芸術は純粋なものではないし、
むしろ悪意や暗い思いから
生まれてくるのだという話を聞き、
近頃アール・ブリュットがにわかに話題になっている
理由がようやくわかった。

本書で取り上げられるのは、美術の専門教育を
受けていない、あるいは知的障害などを持つ作家たちである。
ヘンリー・ダーガー、フェルディナン・シュヴァル、
渡辺金蔵、田中一村、山下清など、
有名無名問わず、欧米と日本からバランスよく紹介されるが、
個人的には初めて知る名前が多かった。

彼らはおしなべて、肉親や近しい人の死、自然災害、貧困など、
なかには壮絶といえるほどの苦境や孤独を経験している。
そして、その経験があったからこそ芸術に向いたのだ。
さらには、孤絶のなかからしか芸術は生まれないと、著者は言う。
また、そうした意味においてもすべての芸術は
“アウトサイダー・アート”と言えるのだ、と。

なかでも最も強烈なのは、大本教をひらいた出口なおである。
貧困や肉親との別離など、さまざまな試練の後、
座敷牢に閉じ込められ、飢餓状態にあったときに
託宣が降り、お筆先を行ったという。

ぎりぎりまで追いつめられたなかから生まれたという
力強い文字は衝撃的だ。

また、六本木ヒルズに置かれているクモみたいな
オブジェの作者であるルイーズ・ブルジョワの場合は、
正規の美術教育を受け、世間的にも高い評価を得ている
“インサイダー”ではあるが、
複雑な家庭環境に育ち、深い闇のなかから
芸術を生み出したことによって、アウトサイダーとみなされる。

アウトサイダーたちの“作品”は、そもそも
人に見せるために、あるいは芸術性を追求するために
生み出されたものではない。
彼らの本能の赴くままの魂の発露の結果であることから、
いわば日記のようなものではないかと思う。
それをたまたま発見した人がいたため世に出たのであって、
発見されなければ誰に知られることもなく、
彼らの死とともに闇に葬り去られたかもしれないのだ。
ということは、世の中に知られざる
アウトサイダー・アーティストは
あまた存在するだろう。
ただ、見いだされることがなく、私たちが知らないだけなのだ。

************************

本書の刊行に合わせて、著者の椹木野衣氏と
アーティスト会田誠氏のトークイベントが開かれた。
[5月31日(土) 池袋コミュニティカレッジ]

会田さんは、本書に登場する人物がみな別離や孤独など、
さまざまな試練を経験していることをひいて、
子供のころから絵が巧くて美術系の大学に進み、
家族が健在で、しかもモテたりする、いわば“リア充”では
芸術家になれないのかと思い、読むのがつらかったと
自嘲交じりに語った。
慎重に言葉を選びながら、
素直に、ときにユーモアを交える語り口が
とてもチャーミングだ。

一方、椹木さんは分かりやい言葉で
アウトサイダー・アートをひもときつつ、
興味深い話をしてくれた。
子供が生まれてから、芸術のみかたが変わったというのだ。
刻々と変わりゆく子供は生命そのものである。
同じように、変わり続けるプロセスのような
アートはないのだろうか、と思ったのだそうだ。

モダニズムは“just now”、つまり
終わりがなく、完成することなどない。
生命=アートとすれば、誰もがアーティストになりうるのだと。

ところでトークイベントの終盤、
小笠原沖を震源とする大きな地震が起きた。
少し中断したが、変わらない口調で淡々と話し続ける
椹木さんはどことなく面白かった。
「地震も生命のあらわれだ」と。
なるほど、芸術とは永続的なものということだろうか。


単なるウオッチャーの私が芸術に求めるものは
基本的には日常からの解放と好奇心なのだと思うけれど、
彼らの作品に惹かれる私もどこか、
アウトサイダー的なのかもしれない。

椹木さんは、アウトサイダー・アーティストはみな
後天的な芸術家であり、
後天性とは、だれにでも起こりうることだと言った。

まったく無垢でいられる人なんて滅多にいられるものではない。
だから、作る側だけでなくて、
観る側の私たちにも芸術が必要なのではないか。
ふたりの言葉は示唆に富んでいて、
芸術への新たな視点を与えてくれた。
今後、芸術作品にふれるときには、
今までより一歩踏み込んだみかたができるかもしれない。

アウトサイダー・アート入門 (幻冬舎新書)

アウトサイダー・アート入門 (幻冬舎新書)

  • 作者: 椹木 野衣
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2015/03/25
  • メディア: 新書